となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 バーカウンターに、社長と並んで座った。
 何も言わないが、目の前に薄いオレンジ色のカクテルが置かれ、社長の前にはウイスキーのロックのグラスが置かれた。

 真治さんはニコリと笑って、どうぞというジェスチャーをした。

 「ありがとうございます」

 私はグラスを口につけた。
 これまた、酸味もあり口当たりがよくて美味しい。

 この時までは、初めて会う男の人の前で飲み過ぎてはいけないという、一般常識はしっかりあったはずだ。

 あまり飲んではいけないと、ちょっとづつ口をつける。

 「大丈夫。そんなに強いお酒じゃない。それに、一也は見た目ほど悪い奴じゃないから」
真治さんは、そう言ってウインクした。


 「うるせぇ」
 社長は、投げ捨てるように言った。


 すると、社長はくるりと椅子を回し、私の方に体を向けた。

 「今日、何があった?」
 
 私は、驚いて社長を見た。


 「い、いえ何も……」
 私は、首を横に振るが、顔を上げられず下を向いてしまった。


 「いいから話せ。話せば楽になる事もある」

 その言葉に、私の目から涙が落ちた。


「うわ…… 話してから泣け」
 社長は、アタフタしてカクテルを私の手に持たせた。私は、手にしたカクテルを、ぐーっと口の中に流してしまった。

「だって…… だって、知らなかったんだもん…… 結婚していたなんて……」
 私は、鼻をすすりながら、話だした。

 社長と真治さんが驚いたように目を合わせた。


「それで、それはどこのどいつだ?」
 社長の声が、ちょっとイラついている気もしたが、私は、全てを話し出した。

 社長は、うん、うんとうなずきながら、黙って私の支離滅裂の話を聞いてくれていた。

「でもね。自分が悪いの。気づかなかったなんて……  私、最低の女になっちゃったよ~」
 
 最後は、声を出して泣きだしてしまった。

「お前は最低じゃない……  大丈夫だ……」

 社長がそう言って、私の頭を撫でてくれているのが分かったが……


 私の意識は、なんだか遠くなっていく。あれ、飲みすぎたかな?


 『俺と付き合えよ……』
 そんな声がした気がしたが、私の意識はここで途絶えた……

  

 
 

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