溺愛の価値、初恋の値段
鼻の奥がツンとして、涙が出そうになった。
忙しなく瞬きして、なんとか堪える。
飛鷹くんから手渡されたボウルの中の卵を菜箸で溶きほぐし、フライパンに流し込んで、素早くぐしゃぐしゃと真ん中をかき混ぜる。
深呼吸してから、チキンライスを投入し、そっと包み込む。
その間、飛鷹くんは、わたしの横で乾燥ワカメを使った簡単なスープの用意をしていたけれど、わたしが一つ目のオムライスをお皿に移し終えた途端、頬にキスをした。
「なっ……なんっ……」
「ん? 美味しそうだったから」
にっこり笑ってそう言われ、わたしは身の危険を感じた。
(は、早くオムライスを仕上げなくちゃ……)
ただでさえ、キッチンには危険がいっぱいなのに、猛獣にうろつかれてはたまらない。
再びフライパンに卵を流し込み、かき混ぜ、チキンライスを包み込む。
焦る気持ちを宥めつつ、横にいる飛鷹くんへの警戒も忘れずに、慎重にお皿へ移し終えて、ほうっと息を吐く。
「海音。そんなにいやがられたら、傷つくんだけど」
「え……い、いやじゃないよ?」
「じゃあ、今度は海音がして」
「は?」
「ほら」
ちょっと身を屈めて、わたしを覗き込む飛鷹くんの目は……笑っている。
(か、からかってるっ……絶対に、面白がってるっ!)
こんな時間に、酔ってもいないのに、まるで新婚夫婦のようなやり取りを繰り広げるなんて、恥ずかしすぎる……。
でも、逆らったら……その後に罰が待ち受けているにちがいない。
しかたなく、少し伸び上がるようにして頬めがけて唇を近づけた。
……はずなのに、捕獲された。
「んーっ!」
がっちりと抱え込まれ、慎ましやかとは程遠いキスに、見舞われる。
酸欠寸前で解放された時には、腰が抜けて立っていられなくなっていた。
「やっぱり、キスは唇にしないとね?」
飛鷹くんは、いろんなことに限界を迎えたわたしをダイニングテーブルの椅子へ座らせた。
鼻歌まじりでオムライスに仕上げを施し、スープと共にテーブルへ運んでくる。
「どうぞ」
目の前に置かれたオムライスの黄色い卵の上には、真っ赤なトマトケチャップでわたしたちの名前と……ハートマークが描かれていた。
それだけは、飛鷹くんも上手にできるようになったらしい。
「ねぇ……なんで、ハートなの? おそろいだし」
「ん? なんとなく?」
「かわいいね……食べるのもったいないけど……」
久しぶりに作ったオムライスは、とても美味しそうな匂いがする。
もう、我慢できない。
「いただきまっ」
「ちょっと待って、海音」
スプーンを取り上げ、さっそく食べようとした瞬間、なぜか止められた。
「さきに、やることがあるから」
「???」
飛鷹くんは、テーブルの下から何かを取り出し、わたしの目の前に差し出した。
四角い白の陶器は、手のひらに少し余るくらいの大きさで、触れるとひんやりしている。
「開けてみて」
「…………」
言われるままに蓋を開け、そこに鎮座していたものをひと目見て……
素早く蓋を元通りにした。