溺愛の価値、初恋の値段

◆ ◆ ◆


「あらー、ますますかわいらしくなったわね。海音ちゃん!」


玄関ドアを開けるなり、着物姿の美しい京子(きょうこ)ママの豊かな胸に抱きしめられ、窒息しそうになった。


「姉貴、海音ちゃんが窒息しかかってる」


冷静に指摘してくれたのは、京子ママの弟、征二(せいじ)さんだ。
征二さんは京子ママのお店、『ラウンジ・バー 風見(かざみ)』でバーテンダーをしている。


「あらら、ごめんね?」


解放されたわたしは、お母さんと一緒にぺこりと頭を下げた。


「あけましておめでとうございます。京子ママ、征二さん。今年もよろしくお願いします」

「こちらこそー! ほら、上がって上がって!」

「お邪魔します」


お母さんと一緒に、N市の京子ママのマンションを訪ねるのは半年ぶりだ。

昔、銀座でホステスをしていた京子ママは、お母さんの中学校の時の先輩で、姉妹のように仲が良い。

十七歳でわたしを産み、子育てに奮闘するお母さんを、京子ママは常に支えてくれていた。
わたしにとっても、もう一人のお母さんのような人だ。


「今日は、すきやきの予定よ。若い子はお肉を食べないとね。厳しいこの世の中を生き抜くには、草食じゃダメよ。目指せ、肉食女子よ! 海音ちゃん!」

「ハ、ハイ……」


パワフルな京子ママに圧倒されつつ、広いリビングの真ん中にあるドデカイ鍋に驚く。四人前ではない。十人前くらいのすきやきが作れそうだ。


「でも、お肉の前に……海音ちゃんにプレゼントがあるの」

「わたしに?」

「ちょっとこっちに来て! あ、征二。あんたが鍋奉行ね! 任せたわよ!」


ずるずると引きずられるようにして入ったのは、衣装部屋だ。

立派な桐ダンスがあり、数台ある衣桁には色とりどりの着物が掛けられている。鏡台の横に造られたガラス張りの棚には、帯留めやかんざしなどの小物が並んでいた。


「わたしが若い頃に着ていた物を仕立て直したのよ」


京子ママは、衣桁にかけられていた華やかな振袖を一枚手に取り、わたしに宛がった。
地がピンクで、椿の花が散っていて、とてもかわいい。


「海音ちゃんは、色白だからなんでも似合うわね」

「え。あの……」

「苦しくないように着付けるから。ほんの一、二時間でもお正月気分を味わってみて?」


あっという間に服を脱がされ、着物姿に変身させられた。
髪もきれいに結い上げられて、メイクまで施される。


「さあ、できました!」


鏡の中には、ほんの一時間前とは別人のような自分がいた。
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