溺愛の価値、初恋の値段
火曜日のお花見
久しぶりに朝早くから起き出したわたしは、出来上がった料理の数々を前に、悩んでいた。


(唐揚げ、甘めの卵焼き、鮭のつけ焼き、豚肉の野菜巻き、シイタケの甘煮、タコの形のウィンナー、ニンジンのきんぴら、マカロニサラダ……こんなもので、足りるかな?)


調味料はきちんと分量を計ったし、複雑な味付けのものはないから、たぶん大丈夫。メニューも、万人受けするものを選んだつもり。

でも、飛鷹くんのほかに、誰が食べるのかわからないので、ごく一般的な量しか用意していない。

おにぎりは、ひとり二つは食べると予想して、八プラス二で計十個。中身は、食材の都合でおかかとシーチキン、白米にごましおをまぶしただけの三種類にしたけれど、わたしの手で握っているので、そんなに大きくはない。


「あ……そう言えば、入れ物はあるのかな?」


作ったはいいけれど、料理を詰める入れ物がないことに気づき、広々としたキッチンの棚を片っ端から開けて行く。



「何してるの? 海音」



「ひっ」


いきなり背後から呼びかけられて飛び上がる。

視界に飛び込んで来たのは、Tシャツに、パンツ一枚の飛鷹くんの姿。


(な、なんでパンツなの……いつもはちゃんとスウェットのズボンを穿いているのに……)


わたしの寝起き姿とちがい、見苦しいどころか眼福ものだけれど、パンツ一枚で歩き回るなんて、わたしを動揺させるのが目的だとしか思えない。


「お、オハヨウゴザイマス」

「おはよう。で、何してるの?」

「お弁当を詰める物が必要で……」


飛鷹くんを――特に腰より下を直視しないよう、視線をさまよわせながら答える。


「そこの棚に、なんかあったはず……」


背後から伸びた手が、わたしの背丈では見えなかった棚の奥から、大きめのプラスチック容器を取り出した。


「二つもあれば、足りる?」

「う、うん。ありがとう」


手渡された容器を抱え、そのまま身動きできなくなった。


背中に当たる硬い胸。
つむじに載せられた顎。
お腹には、きれいに筋肉のついたしなやかな腕が巻きついている。


「ひ、飛鷹くん?」

「なに?」

「な、なにを、してるの?」

「抱きしめてる」


それはわかっている。知りたいのはどうしてそんなことをしているのかだ。



「んーっ! この卵焼き、おいしいね? 海音ちゃん。お砂糖入りなの?」



固まるわたしを救ってくれたのは、ロメオさんだった。
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