溺愛の価値、初恋の値段
「説明のプレートは、だいぶ年季が入ってるけど……読めないほどじゃないか」
飛鷹くんは、遊歩道の端に設置されたステンレス製のプレートを覗き込んだ。
桜を辿る遊歩道の端に点々と連なる小さなプレートには、各々の桜の名前や簡単な生態が書かれている。
中学生のわたしは、飛鷹くんとできるだけ長く手を繋いでいたくて、一つ一つじっくり読むフリをして時間稼ぎをした。あくまでもフリなので、当然桜の生態なんて憶えていない。
でも、一つだけ、はっきり憶えている桜がある。
この公園にはない「フユザクラ」だ。
「前にここに来た時、飛鷹くんに冬に咲く桜もあるって聞いて……」
「海音は、俺を嘘つき呼ばわりしたよね」
「……ごめんなさい」
「観に行こうか」
「え? 何を?」
「冬の桜」
さらりと未来の約束を口にされ、ドキッとした。
一瞬、真に受けそうになって、社交辞令だろうと思い直す。
「そうだね。いつか観に行けたらいいね」
「紅葉と一緒に観賞するのもいいかもね。温泉が近くにあれば、泊まってもいいし。F県とかいいんじゃない?」
「う、うん……?」
やけに具体的な提案をする飛鷹くんに戸惑ったけれど、わざわざありもしない未来を否定する必要もない。
繋いだ手を解くきっかけを見つけられないまま、ゆっくり遊歩道を一周して雅たちのところへ戻ったのは、十二時を少し回った頃だった。
「お弁当の時間だよ! 早く! 早く食べよう!」
お腹が空いているらしいロメオさんが率先して取り皿や箸を用意し、ごくごくオーソドックスなお弁当を広げる。
「わぁ! 美味しそうっ! 海音の料理、久しぶりだから嬉しい!」
雅は大げさな歓声を上げ、ロメオさんと競い合うように唐揚げや卵焼きを次々頬張る。
飛鷹くんは、二人に食べ尽くされないよう、あらかじめ自分の分を皿に取り分けて、死守する構えだ。
笑顔で食べてくれる雅やロメオさん、無言で黙々と食べ進める飛鷹くんの様子に、胸の奥がふわりと温かくなる。
自分は料理を味わうことができなくとも、食べる人の表情から「美味しい」を感じることはできる。
炭水化物の塊としか思えないおにぎりやゴムのように感じる鶏肉の唐揚げも、食べるのが苦痛ではない。コーヒーの味はわからなくとも、香りとぬくもりにほっとする。
二時間かけて作ったお弁当は、四人がかりで三十分も経たずに完食した。
お腹が満たされたロメオさんと飛鷹くんはそのまま横になり、連日睡眠不足の雅も欠伸を繰り返していたので、窮屈ながらも四人でお昼寝することにした。
紳士なロメオさんの主張により、シートの真ん中にわたしと雅、端っこにロメオさんと飛鷹くんという並びだ。