キミ観察日記
 与一がギロリと男を睨みつけると、

「……随分と懐かしい名を口にするな」

 男は不敵な笑みを浮かべた。

「キミくらいの子供が、どうしてそんな昔の――それも事実の大半は公表されなかった事件について知っているのか、いささか疑問だが。誘拐犯が、仮にあの男なら。聞かされていても不思議ではない」

 男の言葉が、与一には理解できない。
 それでもこれだけは強く感じた。

 絶対に渡してはいけない。
 この男に、紅花を。

 そう誓った与一が、少女を自分の後ろに隠し続ける。

「一二三を誘拐したこと。後悔させてやる」
「……なぜそんなことになったか。自分の胸に手を当てて考えてみろ」
「俺に原因があるとでも言いたげだな」
「心当たりはあるんだろう? 僕が初めて会ったとき。この子は傷だらけだった」
「黙れ……。拘束具をつけ、食事もろくに与えず、模倣犯のつもりか?」

 ーー模倣犯?

「復讐のつもりか。当時大人しくしていたのは、この日のためだったのか。だとしたら薄情な男だと油断していたな。でも、それならどうして水族館(こんなところ)に来た。なにを企んでいる。俺が丸腰の子供相手に負けるわけないだろう」
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