指輪物語 ーあなたの海になりたいー
「……」
どうしても、言葉が出てこなかった。
ヒサ先輩に優也兄ちゃんのことを、もっと聞きたいと思っていたはずなのに、なぜか耳を塞ぎたくなる感じがしていた。
「優也センパイと過ごしたこの場所も、優也センパイと見ていた大イチョウも、優也センパイがくれた勇気も、みんな『たった1年』って言うけど、私には大切な大切な1年なんだ」
「あ……」
俺が言ってしまった、あの言葉……。
「優也センパイとのことは、今も思い出にはしたくないと思ってる」
「……」
激しく降り出した雨、その雨粒に打たれ揺れる大イチョウを見つめながら、ヒサ先輩は優也兄ちゃんのことを語った。
“思い出にはしたくない”
今、優也兄ちゃんがどんな状態なのかもわからず、もう2年も経っているのに、ヒサ先輩はまだ優也兄ちゃんを想っている。
優也兄ちゃんのことを愛おしく語るヒサ先輩の横顔を見つめ、俺は今まで感じたことのない心の痛みを感じていた。