懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました

順調に進んだ車の窓から、真っ青に染まる海が見えてきた。八月も終わりのため海水浴客よりもサーファーのほうが多い。ボードにうつ伏せになった姿が海の水面にぷかぷかと浮かんでいる。

それを左手に見ながらさらに走ると、赤いとんがり屋根の建物が姿を現す。ベーカリー工房みなみだ。里帆たちは、幸則と一子に会うためにやって来た。

ふたりとは、里帆が出産したときに一度病院に駆けつけてくれて以来。四ヶ月ぶりになる。

里帆がこの街に初めてやって来たのも、ちょうど今の頃。夏の終わりだった。
あのときの絶望感が一瞬だけ蘇り、なんともいえず感傷的な気持ちになる。懐かしいというよりは、苦しく切ない感じだ。

ゆっくりと車が止まり、店の駐車場に降り立つ。亮介が一絆をチャイルドシートから降ろそうとすると「ふえっ」と泣きそうになったが、背中をとんとんと優しく撫でられ、再び瞼を閉じた。


「さすがパパ」


亮介は一絆の扱いもお手の物だ。里帆が褒めると、亮介はまんざらでもなさそうに笑った。

店のドアを開けると香ばしい匂いがして、思わず胸いっぱいに吸い込む。この香りは懐かしい。
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