懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました
残された者の憂い



ほかに誰もいない社長室でひとり、亮介はデスクに両肘を突いて手を組み、気難しい表情を浮かべていた。

ふらりと訪れたパン屋で里帆と再会したのは昨日。まさかあんな形で彼女と会うとは想像もしていなかった。

里帆が姿を消してから半年。〝忽然と〟という言葉がなによりもふさわしい消え方だった。

アメリカ出張から帰ってみれば、アパートはもぬけの殻。スマートフォンは解約され、会社を退職していた。
彼女が使っていたデスクからも里帆の痕跡が消え、ただそこに無機質な物体があるだけ。まるで最初から存在すらしていなかったよう。

長い夢でも見ていたのか。

そう思うくらいに跡形もなく里帆がいなくなった。

父親の隆一から、『五百万円を目の前に積んだら、嬉々として受け取ったぞ。亮介、彼女はお前よりも金をとったんだ』と聞かされたとき、目の前は真っ暗に。月のない森にでも迷い込んだようだった。

そんな汚いやり方で自分と里帆を引き裂くとは。
隆一に対する嫌悪感でいっぱいになった。同時に、里帆に対しても戸惑いを覚えずにはいられない。

< 53 / 277 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop