【現代異類婚姻譚】約束の花嫁 ~イケメン社長と千年の恋~
 ゆりが庵に住み始めてから三月ほどが経った。

 山の幸を中心にどこから手に入れてくるのか、時には海の幸までが食卓に並ぶ日々が続いた。

 穏やかで静かなキジマとの生活は最初こそ戸惑いを覚えたものの、次第に心地よさを感じるようになった。

 あれこれと口には出さないが、ゆりが山の暮らしに早く慣れるよう、キジマはそれとなく様々な配慮をしてくれていた。

 キジマは昼間はほとんど家を空けていることが多く、ゆりはその間に掃除や洗濯、飯炊きをするのが日課になっている。

 人一人訪れることのない山里の暮らしにも少しずつ慣れてきた頃、住まいから歩いて行ける近い小さな沢でゆりは思わぬ人物と再会したのだった。

 幼馴染の惣四郎(そうしろう)

「おお、やっぱりゆりだ。……元気そうじゃのう」

 白い歯を見せて笑う姿は以前と全く変わりなかった。

 山中でゆりを偶然見かけたという猟師の話を聞いて、険しい山道を踏破してここまで来たという。

「惣四郎……どうしてわざわざ、こんなところまで」

 猟師でさえ迷いもしなけれ入り込むことがない山奥に幼馴染が理由もなくやってくるわけがない。

「いいから、ここに座ってくれ。久しぶりなんだ。ゆっくり話そうじゃないか」

 大きな手でぽんぽんと子供のように頭を撫ぜられて、惣四郎がかぶってきた#蓑__みの__#の上に座るように促された。

 ゆりが小さい時からずっとそうだった。

 五歳ほど年長の惣四郎は人を安心させる術をよく心得ていて特に年下の子供たちの面倒をみるのがうまかった。

 言われるままに腰を下ろしてお互いの近況について語りだしたが、ゆりのほうにはもとより話せることはほとんどない。

 いきおい、惣四郎の語る里の様子を聞くことになった。

「お前が、急に嫁に行ったものだから、皆そりゃあ驚いたよ。……まあ、一番驚いたのは俺じゃないかと思うけど」

 惣四郎と結婚の約束をしていたわけではなかった。

 ただ、二人ともよい年ごろではあったし、何よりも昔から仲が良かった。

 体格がよく、村の若衆をよくまとめている惣四郎が村の中心であるゆりの家に婿として入ることは皆の望むところであった。

「ごめんなさい。私、何も言わずに……」

 ぽつりと、ゆりは申し訳なさそうに呟いた」

「いいさ、いろいろと事情があったんだろう?」

 ゆりが言い淀んでいることを察してあれこれと理由を訊かないところが惣四郎らしい。

 その気遣いがありがたく、嬉しかった。

「よく、迷わずにここまで来れたわね。里の人はこんなところまで入ることはないのに」

「ああ、猟師のじいちゃんからおおよその場所は聞いていたんだけど……。不思議と迷わずにこれたんだよなぁ。
 道が分かれるところでうさぎなんかが目の前に現れたりしてさ。『こっちに来い』って言っているように思えたりして」

「……そう。不思議ね。そんなことがあるなんて」

 何事かを考えるようにふと押し黙ったゆりをジッと見つめた後、惣四郎は決心したように口を開いた。

「なあ、ゆり、落ち着いて聞いてほしい。お前の父御(ててご)のことなんだが……」
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