【現代異類婚姻譚】約束の花嫁 ~イケメン社長と千年の恋~
「あッ……ゆり!」
沢で休んでいた惣四郎が立ち上がって二人に手を振った。
「どうだ、一度里に戻る気になったか……?」
ゆりのところまで小走りに駆け寄ると眉を曇らせて惣四郎が訊ねた。
「ええ……でも、今から一度だけ庵に戻らせてほしいの。一つ、済ませてしまいたいことがあるから」
「ええ、そんなに長くは待てないぞ? 冬の日は短い。早く出発しないと……!」
「まあまあ。……ゆり、俺達はここで待っているから」
露骨に厭そうな顔をした猟師がまくし立てるのを軽く制して、惣四郎はゆりに微笑みかけた。
「山の中で日が暮れてしまっては大変だ。本当に、すぐに戻って来てくれよ……」
「わかっています。用事は直ぐに済むことですから……」
念押しをする猟師にむかい大きく頷いて見せるとゆりは後も見ずに駆け出した。
――せめて『あれ』を……!
字が書けないゆりはキジマに書置きを残すことはできない。
なぜ庵を離れ里に行ったのか、言葉で伝えることはできない……。
でも、せめて、ゆりはキジマに伝えたかった。
『必ず、私はあなたのもとに戻ってくる』
そう知らせる手立ては確かにあの庵にあるはずだった。
※※※
ゆりたちが山裾までたどり着いたのは、すでにとっぷりと日が暮れた頃だった。
それでも、山に慣れた猟師がいなければ、この刻限になっても山中をさ迷うはめになっていたかもしれない。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる惣四郎に軽く会釈した後、猟師はゆりだけに聞こえるくらいの小声でひそひそと呟いた。
「あんたがこのことを黙っていれば全て丸く収まる……。いいな、変な気を起こすんじゃないぞ」
複雑な思いを胸に、それでもゆりは猟師の言葉に頷いた。
例え鬼だとしても、ゆりにとってキジマは優しい夫だった。
実の両親のためとはいえ、キジマとの約束に背いて里へ降りてしまったにことに胸が痛む。
惣四郎と一緒に、懐かしいわが家への道を辿るゆりの心中は複雑だった。
もう会えないと思っていた両親や弟妹の顔を再び見られる喜びと、この三月の間にゆりの中に確かに芽生えつつあった夫への愛情との間で引き裂かれる思いがした。
それでも……。
たとえ離れて暮らしていてもやはり家族は家族なのだった。
戸を開けてゆりの顔を見た途端に、母はその場に泣き崩れ、臥せっていた父も寝床から飛び起きた。
最後にその姿をみたのはほんの三月前だというのに、二人共随分老け込んでしまったようにゆりには思われた。
いつのまにかまだ幼い妹がゆりの着物の裾をぎゅうと小さな手で握りしめていた。
「あねさま……いままでどこに行ってたの……?」
妹のふんわりと膨らんだ柔らかそうな頬には一筋の涙が光っていた。
せっかく久しぶりに家族と会えたというのに、互いに涙があふれて相手の顔をよく見ることさえ叶わないのだった。
沢で休んでいた惣四郎が立ち上がって二人に手を振った。
「どうだ、一度里に戻る気になったか……?」
ゆりのところまで小走りに駆け寄ると眉を曇らせて惣四郎が訊ねた。
「ええ……でも、今から一度だけ庵に戻らせてほしいの。一つ、済ませてしまいたいことがあるから」
「ええ、そんなに長くは待てないぞ? 冬の日は短い。早く出発しないと……!」
「まあまあ。……ゆり、俺達はここで待っているから」
露骨に厭そうな顔をした猟師がまくし立てるのを軽く制して、惣四郎はゆりに微笑みかけた。
「山の中で日が暮れてしまっては大変だ。本当に、すぐに戻って来てくれよ……」
「わかっています。用事は直ぐに済むことですから……」
念押しをする猟師にむかい大きく頷いて見せるとゆりは後も見ずに駆け出した。
――せめて『あれ』を……!
字が書けないゆりはキジマに書置きを残すことはできない。
なぜ庵を離れ里に行ったのか、言葉で伝えることはできない……。
でも、せめて、ゆりはキジマに伝えたかった。
『必ず、私はあなたのもとに戻ってくる』
そう知らせる手立ては確かにあの庵にあるはずだった。
※※※
ゆりたちが山裾までたどり着いたのは、すでにとっぷりと日が暮れた頃だった。
それでも、山に慣れた猟師がいなければ、この刻限になっても山中をさ迷うはめになっていたかもしれない。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる惣四郎に軽く会釈した後、猟師はゆりだけに聞こえるくらいの小声でひそひそと呟いた。
「あんたがこのことを黙っていれば全て丸く収まる……。いいな、変な気を起こすんじゃないぞ」
複雑な思いを胸に、それでもゆりは猟師の言葉に頷いた。
例え鬼だとしても、ゆりにとってキジマは優しい夫だった。
実の両親のためとはいえ、キジマとの約束に背いて里へ降りてしまったにことに胸が痛む。
惣四郎と一緒に、懐かしいわが家への道を辿るゆりの心中は複雑だった。
もう会えないと思っていた両親や弟妹の顔を再び見られる喜びと、この三月の間にゆりの中に確かに芽生えつつあった夫への愛情との間で引き裂かれる思いがした。
それでも……。
たとえ離れて暮らしていてもやはり家族は家族なのだった。
戸を開けてゆりの顔を見た途端に、母はその場に泣き崩れ、臥せっていた父も寝床から飛び起きた。
最後にその姿をみたのはほんの三月前だというのに、二人共随分老け込んでしまったようにゆりには思われた。
いつのまにかまだ幼い妹がゆりの着物の裾をぎゅうと小さな手で握りしめていた。
「あねさま……いままでどこに行ってたの……?」
妹のふんわりと膨らんだ柔らかそうな頬には一筋の涙が光っていた。
せっかく久しぶりに家族と会えたというのに、互いに涙があふれて相手の顔をよく見ることさえ叶わないのだった。