2月からの手紙
Letter7 一番大切な存在にはなれない
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文化祭が終わったら、周囲が一気に受験生っぽい空気になった。
そうは言っても本当に受験するのはまだ一年も先の話だけど、それでもなんというか、始まった感、がすごい。

私は……まだ何も決まっていないというのに。
漠然と、進学するのだろうなとは思う。
両親だってそう思っているみたいだし。
だけど、大学ってなんのために行くのだろう。
就職のため?
だったら、書類だけで入れる専門学校でもいいよね。
とはいえ、何を専門に学びたいかが分からないから、そういうわけにもいかない。

「え、それ本気だったの?」
「本気だよ」
「まじかぁ。でも成績トップクラス維持してるもんね」

菜々美の席にいつものメンバーが集まっていて、話しているのが耳に入ってくる。
合コンでお金持ち探しをしていた子が超難関大学を受けるというので、皆が騒いでいるのだ。
理由は、お金持ち男子と知り合うため、だって。
それを聞いて、私はお金持ち好きな彼女の考えそうなことだと思った。
そうしたら、少しだけ馬鹿にするような感情が湧き上がるのに気がついた。

だけど、目的が何であれ、実際に努力して学力上げている彼女は、私よりずっと頑張っているし、将来が見えている。
それってすごいことだ。

それに引き換え、私ときたら……。

「未来ちゃん、大変」
「何?」

ココロが、顔を真っ赤にして教室に駆け込んできた。
次の授業で使うプリントを取りに職員室へ行っていたはずだけど、走ってきたらしく、息も荒い。

「いま職員室に小鳥遊がいて、けっ、ああどうしよう! ここじゃちょっと話せない!」
「えっ! ちょっ、ちょっと!」

そう言うとココロが私の腕を掴んで廊下に向かって走りだした。
私は驚いてただ一緒に走ることしかできなくて。
ただ事じゃなさそうなココロの様子と、小鳥遊、というワードに焦る。

ココロの足は廊下に出ても止まらず、突き当りまで走った。
鍵のかかった準備室の前で、ココロが深呼吸を繰り返す。
たくさん深呼吸するココロを見ながら、私はなぜだか逆に、どんどん息苦しくなってくる。
ココロが話すのを延ばせば延ばすほど、それはきっと大変な話なのだ。
それを本能が感じ取っている。
息が、できない。

「小鳥遊くんが、どうしたの?」

聞きたくないことかもしれないと感じつつも、もうこれ以上は待てなかった。
私はココロの目を見つめて、訊いた。

「結婚」
「け、っこん?」
「そう。結婚するって。だから学校辞めて就職するって先生と話してた」

けっこん、とココロが言ったその言葉に、合う漢字を付けらず頭が真っ白になった。
毛っ根、血痕、決……魂?
というより、知っている正しい漢字を引き出さないようにと、脳が急にシャッターを閉めたような。
別の漢字があるはずなのに、その漢字だけが出てこない。

「未来ちゃん、聞いてる?」

欠……穴……潔……傑……あとは何だっけ。

「大丈夫? ねえってば」
「あ」

ココロに揺さぶられ、我に返る。
そうだ、結婚。
嘘だよね?
私たちまだ高校生だよ。

「もう、ココロってば、どうしたのかと思ったら。いきなり変な冗談やめてよ」
「冗談とかじゃないよ、私が職員室入る時にちょうど小鳥遊が来て、話あるから先通して、とか言って入ってっちゃって」

ひきつる頬を無理やり笑わせて放った「冗談だったっていう設定」を、ココロがいとも簡単に否定した。
体に、力が入らない。
息が、できない。

「通してって言われても私プリント取るだけだしって思って入ったら、いきなり小鳥遊が先生にそう言ったんだよ」
「なん、で?」
「先生も理由聞いてた。でも答えられないって。相手が妊娠でもしたのか、ってすごい剣幕になってたけど、何も答えてなかった。小鳥遊が18歳になったらするらしいよ」

小鳥遊くんが結婚する、と聞いて真っ先に浮かんだのは和奏さんだった。
結婚する約束してるって言っていたし。
だけど、もっとずっと先の話だと思っていた。
学校を辞めてまでなんて、彼女にそこまでの権利なんてないはずだ。

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