イルカ、恋うた
「そんなことないですよ。たかが、ガキの頃の一瞬の出来事。

認めたとしても、妙な方向には行かないですよ。ただ、相手は婚約中ですからね。しかも、検事と。

誤解されて、面倒なことになるのは嫌ですから」


岩居さんが、顔の向きを変えた。


「あ、お嬢さん」


同じ方向を見ると、露骨に不機嫌になってる美月がいた。


聞かれたな、と岩居さんは呟き、一人で病棟へ戻る。


完全に二人きりになると、彼女は言った。


「……面倒って?ねぇ、竜介、私……」


「あの」


と途中で遮った。


それから、考えてみた。


もしかしたら、ただちょっと思い出を語って、ただ婚約を祝ってほしいだけじゃないだろうか?


むしろ、普通はそっちの方が当たり前では?


バカだな。俺は、初恋といっても、顔も覚えてなかったのに……


彼女だって、たぶん名前だけで判断して、たまたま当たっただけ。


さて、素直に認めて、お久しぶり、おめでとう、と言うか。


それすら、面倒だから、やはり人違いを通すか…


思い出したのは、やはり桜井検事のあの視線。


立場的に、検事を敵にまわしたくないし、妙な誤解なんて冗談じゃない。
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