マツモト先生のこと―離島で先生になりました―

いきいき:持久走大会

 小学校でも、中学校でも、高校でも、いちばん嫌いだった行事。それが、持久走大会。

「何が楽しくて、ひたすら走らなきゃいけないのよ……」

 大人になっても、まさか持久走大会があるなんて、大学に入ったばっかりのころには想像できなかった。

 というか、就職が本気で決まるまで、教師になるつもり、なかったんだ。ほかの仕事の口くらいあると思ってた。ところが、甘かった。教育学部卒での進路の狭さに真っ青になった。教員採用試験で「島でもどこでもいいですよ♪」って試験官にニッコリしといたら、ほんとに島のミニマム小学校に採用されてここにいます、ってわけ。

 体育モードのジャージ姿のあたしは、子どもたちと一緒に、気合の入った校長先生のお話を聞いてる。さいわい、今日はそこまで風が強くない。昨日、漁協のトラックを借りてきて土を運んで、グラウンドのでこぼこを均した。それでも、グラウンドは地肌むき出しの箇所もあって、転んだら痛そう。

 まあ、持久走大会がグラウンド内で完結するってのは、意外だし、良心的だ。ワイルドすぎる普段の状況から言って、「島一周マラソン大会!」みたいなこと、普通にしそうなんだもん。

 校長先生のお話が終わったら、準備運動とアップ。準備運動には、子どもの間で大流行中の妖怪のテーマソングが流れた。運動会でも踊った体操ダンスが、準備運動なんだ。本土で小学校教諭をやってる友達も「体育会系なイベントの準備運動は妖怪だ」って言ってた。

 準備運動の号令と見本は、マツモト先生の役目だ。見慣れすぎたジャージ姿で、子どもたちの前に立って、キレのある動きで妖怪ダンスしてる。それが終わったら、アップ。

「校庭ば三周、走るぞー!」

 マツモト先生は、ガキ大将みたいに声をかけた。子どもたちは「おーっ!」と吠えて応える。先頭を走り始めるマツモト先生の後を、子どもたちが追いかける。

「おかしいし。これから一キロ以上の本番を走るのに、何で先に六百メートルも走って疲れなきゃいけないわけ? 絶対、おかしいし。てか、ほんと、だるいし」

 子どもたちには聞こえないはずの声量で、ぐずぐず言ってみる。

 この学校の持久走大会は、大人ももれなく走らされる。校長先生でさえ、低学年と一緒に一キロ走るの。あたしは四年生と一緒に一.二キロ。

 白状しますと、あたし、ショウマくんより遅いです。二番目に速いルミちゃんについてくのも必死です。あーもうカッコ悪ぅ……。

 アップの六百メートルを走り切ったら、あたしは息が切れまくってる。マツモト先生はケロッとしてる。というか、いきいきしてるよね。体を動かすのがほんとに好きらしい。

「ほら、一年生と二年生、スタートに並ばんか。具合悪い人、おったら保健の先生んとこに行け。みんな大丈夫やな?」

 スタートラインで仕切ってるマツモト先生。子どもの人数には、低学年がいちばん少ない。でも、ランナーは多い。先生方、あたし以外はみんな、ここで走るんだもんね。ってことで、あたしがスタートの号砲を鳴らすのでした。

「位置について! よーい!」

 パァン!

 空に向けてピストルを撃つ。おっかなびっくりだったんだけど、これ、スカッとするんだね。

 先頭を走るのは、二年生のシホちゃん。うちのクラスのリホちゃんの妹で、おねえちゃんとは真逆のおとなしい子。ついでに、リホちゃんよりも運動神経がいいっぽい。シホちゃんと並んで、シホちゃんに声をかけながら走ってるのは、マツモト先生。

 マツモト先生がなぜ走ってるかというと、この人、全部のレースを走るからなんだ。合計三.七キロを、それぞれのレースの一位の子と一緒に走るの。

 全校でいちばん足が速い六年生のユウマくんの話によると。

「マツモト先生、めちゃくちゃ足が速か。おれが本気出しても、全然、追いつけん。悔しくて、もっと本気出すと。そしたら、毎回、タイムが縮まると」

 ということらしい。四年生のショウマくんも、二年生のシホちゃんも、似たようなこと言ってた。マツモト先生が競争心を焚き付けるから、うちの学校の体育、全国平均よりずいぶんいいんだ。

「ほらっ、シホ! あと一周、頑張れ! あごが上がっとるぞ、あごば引け!」

 体育のときは、マツモト先生の口数が増える。熱~い指導。いきいきした顔。

 教師は天職なんだろうな、って思う。特に、この小さな島の小さな学校は、最高にマツモト先生に合ってる。

 でもね、あたしにとっても、天職になりかけてるから。島の学校は、すっごく大事な存在だから。

 悩む。進路どうしようか、って。学生時代は、こんなに悩んだこと、ない。
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