マツモト先生のこと―離島で先生になりました―

4月2日

 お昼ごはんは、昨日に引き続き、校長先生の奥さんが給湯室で作ってくださった。メニューは、ちゃんぽんだった。

 ほんっとうに、ありがたい。なんだかんだで家の片付けが進んでなくて、台所が使える状態じゃないから。お弁当なんて、作れるはずもないコンディション。

 食事が終わったころ、マツモト先生が汗だくで校庭から帰ってきた。軽く会釈してやったら、「タカハシ先生」と呼ばれた。そっか。あたし、先生なんだ。

「はい、なんでしょうか?」
「タカハシ先生、逆上がり、できますか?」
「はぁ?」
「鉄棒。逆上がり、できます?」

 投げつけるみたいな口調。ムカッときた。

「できますよ、それくらい」

 鉄棒は昔から得意だったんだから。採用試験の前にもバッチリ復習したし。だいたい、運動神経はけっしてニブくないのよ、あたし。

 マツモト先生は、自分のデスクの椅子にドサッと座った。う、汗くさい。体温を発散してるのが、空気越しに伝わってくる。一メートルくらい離れてるのに。

「校庭に、タカハシ先生が受け持つことになっとる子どもたちが来とります。春休みのうちに全員が逆上がりば出来るごとなりたかけん、練習しよるとです。教えてやってきてください」

 え。なんじゃそりゃ。

 というか、マツモト先生。あたしがスカートだったとしても、そのセリフを言ったんだろうか。今日はパンツだからいいけど。

「職員玄関のところに待たせとります。早く行ってやってください」

 勤務中だよね、今。いいわけ? 校長先生に視線で尋ねたら、にこにこうなずいた。まあ、それじゃあ、行ってきます。

 あたしは席を立ち、上着を脱いで椅子に掛ける。マツモト先生がまた「タカハシ先生」と、あたしを呼んだ。

「まだ何か?」
「先生、一輪車や竹馬、できます?」
「一輪車なら」
「両方とも、しっかり練習しとってください。タカハシ先生のクラスの子どもたちは、みんな一輪車も竹馬も上手かですよ。おれが教えましたけん」

 体育のテストですか、それは? てか、さり気なく、自分の運動能力と指導力を自慢してますよね、この人。やなやつ。この人の無愛想な口調、いちいち気に障る。

 あたしは返事をせずに職員室を出た。
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