マツモト先生のこと―離島で先生になりました―

うるうる:卒業式

 卒業生が胸に付けるリボンの造花は、一年生の四人が手分けして作った。昨日の夕方、六年生の二人が帰った後、全校のみんなで教室の黒板に「おめでとう」のメッセージを書いた。

 式典では、入退場曲を含む音楽伴奏は、校歌以外、うちのクラスのルミちゃんがピアノで弾く。校歌だけはあたしが弾く。

 あたしも子どもたちも、自分たちの手で卒業生を送り出すんだってこと、すごくすごく実感してる。

 リハーサルではそわそわ落ち着かなかった子もいた。でも、本番の今、みんな背筋を伸ばして、卒業証書を授与されるユウマくんとサホリちゃんの後ろ姿を見つめている。

 たった二人だけの卒業生。学年によって人数のバラつきは大きいけど、今年の六年生は極端に少ない。今、この学校の児童数が三十人もいるのは、二年生と三年生が多いから。

 卒業証書授与のとき、校長先生は、いつもの笑顔でユウマくんとサホリちゃんに一言ずつメッセージを添えた。六年間、楽しかったですか? 二人とも、みんなのリーダーでした。お疲れさま、ありがとう。中学でも頑張ってください。

 中学校なんて、目と鼻の先だ。なのに、あたし、すでにうるうるになってる。鼻の奥がツンとして、胸が痛い。保護者席からも、鼻をすする音が聞こえた。

 壇上で卒業証書を手にしたユウマくんとサホリちゃん。襟付きシャツのユウマくんは、初めて見た。サホリちゃんのスカート姿も珍しい。いつもよりおにいさん、おねえさんな格好で、二人は在校生と保護者、あたしたち教職員のほうを振り返った。二人揃って一礼する。

 ここで二人からの「呼びかけ」が入るんだ。みんなへのメッセージと、中学校に上がるに当たっての決意表明。二人は声を合わせた。

「おとうさん、おかあさん、おじいさん、おばあさん。在校生の皆さん、先生方。ぼくたち、わたしたちは今日三月十九日、この学校を卒業します」

 凛とした声が、体育館いっぱいに響いた。ユウマくんが一歩、進み出る。

「ぼくは、体を動かすことが大好きです。昼休みも、体育の時間も、放課後も、いつでも運動場を走り回っていました。一緒に遊んだり走ったり、キャッチボールやドッジボールをしてくれた皆さん、ありがとうございました。ぼくたちは、中学校に上がったら、必ず卓球部に入ります。この島の中学校には、卓球部しかないからです」

 ここで一回、ユウマくんは言葉を切った。在校生の席を見下ろして、弟のショウマくんとアイコンタクトをした。それから少し遠くを見たのは、保護者席のおかあさんを探したのかな?

「でも、ぼくは、嫌々卓球部に入るわけじゃありません。ぼくは、どんなスポーツでも大好きです。今、もう卓球を練習し始めています。卓球をやるからには、絶対に、誰よりも強くなります。卓球部で全国大会に行って、いい成績を出して、中学校の名前を全国で有名にします。頑張ります。応援、よろしくお願いします」

 ユウマくんがお辞儀をした。拍手が沸いた。拍手に隠れて、すすり泣きの声が聞こえた。ユウマくんは、本当は悔しかったはずだ。サッカーやりたかったのに、できなくて。でも、前向きなんだ。悔しさをバネに頑張れる。卓球、きっと本気でめちゃくちゃ練習するんだと思う。そして、必ず強くなるんだと思う。

 サホリちゃんの決意表明も、ユウマくんと似ていた。島が好きだから、島の不自由ささえ受け入れる。受け入れたうえで、自分なりの解決法を打ち出す。

 サホリちゃんは小児科の先生になりたいんだって。島の病院に小児科の先生がいないから。月に何回か、本土からやって来るだけだから。

「将来、必ずここに戻ってきて、みんなの役に立ちたいと思います。応援、よろしくお願いします」

 あたしのうるうるが決壊した。涙が、どうしようもない。メイク崩れる。慌てて、指先で涙を拭う。ちょっと上を向く。

 六年生二人が席に戻った。次は、在校生からの呼びかけだ。全校児童が起立して、六年生が回れ右をして、在校生と向かい合った。子どもたちがみんな緊張してるのがわかった。

 呼びかけの言葉は、国語の教科書の詩どころじゃなく長い。でも、覚えるのはそんなに大変じゃなかった。合わせるのが大変だった。

 ダイキくんみたいに、大きい声をうまく出せない子がいる。ショウマくんみたいに、早口になって言葉がもつれる子もいる。ルミちゃんみたいな島以外の育ちの子は、イントネーションの違いに戸惑う。低学年とそれ以外の学年で、しゃべる速さがバラバラになる。

 一つずつ練習してクリアして、やっと上手にできるようになった。最初の言葉は、ショウマくんが、兄貴のためって言って引き受けた。二言目、三言目も、ユウマくんやサホリちゃんに縁の深い子が立候補した。

「さわやかな春の陽を受け」
「夢と希望に満ちた」
「素晴らしい門出の日」

 一、二、と休符を心の中で数えて、みんなで声を揃える。

「ユウマくん、サホリさん。ご卒業おめでとうございます」

 そして、一年生から順に、四月からの思い出をたどる。入学式と始業式、歓迎遠足、全校レクリエーション、七夕会、学校菜園のお世話。

 二学期には、島じゅうで盛り上がる運動会も学習発表会があった。夏休みの自由研究や、秋の子ども作品展に送る絵に、六年生のすごさを感じたりもした。

 年が明けて、持久走大会や縄跳び大会があった。どんなときでも、六年生は学校のみんなを引っ張ってくれてた。

 誰もトチッたりしない。堂々と、大きな声で呼びかける。ときどき涙色の声も混じってる。ユウマくんとサホリちゃんも、まっすぐ前を向きながら、涙をこぼしてる。

 あたしも、苦しいくらい、感情がこみ上げてきた。

 先生として、初めての一年間。あたしは、在校生と同じ気持ちだった。六年生は、すごく頼りがいがあった。助けてもらって、感心させられた。

 六年生だけじゃない。受け持ってる四年生はもちろん、一年生にまで、引っ張ってもらってた。あたし、この学校だから、この一年間を乗り切って来られたんだと思う。

 目元にハンカチを当てて、ひっきりなしに、ぐしぐししてしまった。両脇に立つ女の先生たちから、背中を撫でてもらった。

 普段の集会だったら隣にいるマツモト先生は、今日は少し離れた場所にいる。卒業学年の担任だから、進行の手伝いをしてる。珍しいスーツ姿。ネクタイは、あたしが誕生日に送ったやつ。

 呼びかけが、終わる。

「ぼくたち、わたしたちの歌を、聞いてください」

 卒業生へ贈る歌。立派な歌声なんだ。すごく元気で、上手で、心がこもってる。

 ルミちゃんが在校生の席から抜け出してきて、ピアノの前に座る。何十回もみんなで練習した歌。はばたく鳥に、卒業していく六年生を見立てて、応援する歌。

 あたしも一緒に口ずさんだ。頑張れ、頑張れ、おめでとう。そう念じながら。
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