〜鎌倉あやかし奇譚〜 龍神様の許嫁にされてしまいました
ポットから急須にお湯を注ぐ。
きっちり七十度のお湯で蒸らし時間もバッチリだ。

これはおばあちゃんの教え。
この部屋で実際に教えたもらったからよく覚えている。

「少し狭いがいい部屋ではないか」
「狭いは余計でしょ?」

黙って茶でも啜ってろと言わんばかりに、無言で茶碗をレンに寄越した。

六畳一間にベッドと、そして勉強机と本棚。
こうして、折りたたみのテーブルを広げてしまえば少し窮屈には感じてしまう。

(でも気にいってるしね)

何よりも飾り障子の向こうに見える庭が好きなのだ。

祖母が生きていた頃は水仙やチューリップが植えられていた。
季節の花々に詳しくて、事あるごとに教えてもらったっけ。
とはいえ手入れに関しては私はそんなに明るくはない。

今はあんまり手入れができていなくて見栄えが悪すぎないように整えるだけだけなのが少し忍びない。
しかしなんとなくこの庭を見ていると、祖母との思い出が思い起こされてなんだか心がほっこりするのだ。

「ん? あれはなんだ?」

レンがふと呟いた。
その視線の先は、竹でできた覆いだった。庭の橋を取り囲むかのように建てられている。

「ああ……、あれはね。露天だったみたい」

小さいながらも大浴場のあるたつみ屋だったが、昔は海を一望できる露天が売りだったらしい。

使えなくなってから仕方なしにああやって囲いを強いて、内湯からも私の部屋から(もちろんだけど)も見えないようにしてしまった。

それは私が随分幼い頃だったからに思えたけど、そういえばその頃からたつみ屋の客足が遠のいたように思えた。

潰してしまう案もあったらしいが、祖母がきっとまた温泉が湧くからと言って譲らなかったため今もそのままにしてあるのだ。

「ふむ? 風呂か」
「そう……、でもだいぶ前に枯れちゃったみたいで……、ううん。そんなことよりも!」

 考え込むそぶりのレンにぐっと詰め寄る。

「ん?」
「やっぱり結婚のこと、考え直して」
「嫌だ」

 きっぱりと断ったレンに思わず詰め寄る。私は諦めるわけにはいかないのだ。

「なんでよ? 神様なんだから普通に遊べるでしょ? 私と結婚する必要なんて……」
「ある。言っただろう? 八百万の神々の掟があるのだ。ようやっと、解放されたのにみすみすお前を手放すわけにはいかない」
「は……?」

 声も出ない私に、レンは向き直る。

「考えても見よ。人智を超えた神々がみだりに人の世界に干渉してみろ。人の世の均衡が崩れてしまうわ」
「……確かに」

先ほどのあやかしとの戦闘でもそうだったけど、あんな風に暴れられたらひとたまりもない。

でもこんな荒くれ者と言わんばかりの龍神が素直にその掟とやらに従っているのがとにかく意外だった。

「だからの、神々はお互いに誓っておるのだ。
人の目の前には現れない、手を出さない。
神在月以外は自分が祀られている場所から動いてはならない……」

「え……? でも」

 私には確かにレンの姿が見えたのだ。
 嘘をついているようには見えない。しかし、人の前に現れないというのになぜ?
 私の疑問を感じ取ったのだろう。レンは頬杖をつきながらニヤリと笑った。

「普通の人間には見えない。ただたまに、いるのだ。お前のような人ならざるものが見えてしまう人間がな」
「あ……」

 不可抗力とはいえ、なんだか大層面倒なことに巻き込まれてしまったようだ。

「はあ……、じゃあもしかして。諦めては……」
「たわけ。神との契りをそんな簡単に出来るわけなかろう」
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