さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「ローレン、ひさしぶりだね。
わたしも家内も、今夜は君の料理を楽しみにして横浜から来たんだよ。
伝統的な味を守る本店とは違った、斬新な味だったけれども、すごく美味しかったよ」
誠彦さんのお父様が声を掛ける。
「ローレン、本当に美味しかったわ。
今度、東京に住むお友達を誘って、ランチにでも伺うわね」
誠彦さんのお母様もすっかり機嫌を直して話しかけている。
「『子怡』って名前は、日本人には発音しにくいだろ?
だから、洗礼名の『ローレン』の方で呼んでいるんだ」
誠彦さんがわたしに教えてくれた。
「わたしの父は中国出身ですが母は日本人で、わたし自身は横浜生まれの横浜育ちです。
普段はローレン・リーと名乗ることが多いので、お客様もどうぞローレンとお呼びください」
そう言って、李総料理長はわたしの方に向かって一礼する。
「あのう、ローレンさん……
あなた、もしかして『子怡』って『章 子怡』から名付けられたとか?」
わたしが尋ねると、李総料理長の顔がパッと明るくなった。
「よくご存知ですね!
そうです、母が大ファンだったものですから名付けられました」
章 子怡とは「初恋の来た道」や「グリーン・デスティニー」など、中国の映画はもちろんハリウッドでも主役級を務めた国際的女優の名である。
——「跡取り」だと聞いていたから、てっきり男の人だと思っていたけど……
真っ白なコックコートを着て凛と立つ李総料理長は、紛れもなく女性であった。