さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「ど、どうして……菅野先生が、ここに……?」
びっくりしたわたしは、父の書斎の入り口で立ち尽くした。
先に部屋に入った父は、法律の専門書がずらりと並ぶ麻栗樹の本棚を背にして置かれた、同じチーク材で造られた重厚な机へと向かった。
そして、黒い肘掛け椅子を手前に引くとそこへ腰を下ろす。
「光彩、先刻から菅野先生を待たせているんだ。
そんなところで突っ立ってないで、早く入りなさい」
父の言葉でようやくわたしは部屋の中へ足を踏み入れた。
「彼も今日は休日出勤だったそうだ。
にもかかわらず、わさわざ帰りにここへ寄ってくれたんだよ」
その彼は、父の大きなデスクの側にあるソファに座っていた。
——困ったな……
この書斎はあくまでも父が家にいる間、篭って仕事をするための部屋だ。
よって、来客用ではないから今菅野先生が座っている三人掛けしかソファは置かれていない。
わたしが身の置き場に困っていると、菅野先生が自分の隣の座面を、ぽんぽん、と軽く叩いた。
「す、すいません……失礼します」
仕方なく、わたしは彼の隣に腰を下ろすことになった。
「……さて、話を聞こうか」
父は、ぎしり、と肘掛け椅子の背もたれをしならせると、改めて菅野先生に向き直った。
すると、菅野先生はすっと背筋を伸ばしたかと思うと、スーツの前ボタンをしっかりと留めて身なりを整えた。
——えっ、菅野先生は、何のために実家なんかに来たの?
いったい……おとうさんに、何の話があるっていうの?