さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「それとな……菅野先生とは……その……ほんとになにもないんだな?」
一転して、口ごもりながら茂樹が訊く。
「あるわけないじゃんっ」
絶賛ガン泣き中のわたしは、洟をすすりながらも即答した。
「そ、そうか……」
心底ホッとした様子で、茂樹が息を吐いた。
「でも、結婚を前提にして付き合ってほしいと言われたのは事実だから、菅野先生にはきちんとお断りしないと……」
「じゃあ、おれも一緒に行って説明するよ」
「うん……お願い」
——よかった。
菅野先生は凄腕の弁護士だ。
茂樹とは今すぐに結婚するわけではないから、わたし一人で行ったりなんかしたら、なんだかうまーく丸め込まれそうな気がする。
「……そろそろ、帰らないと」
わたしも茂樹も、明日からまた激務だ。
「そうだな、タクシーを呼ぶよ」
茂樹が、翔くんがローテーブルの上に置いてくれていたスマホを掴む。
タクシーが来るまでに、史上最悪にぐちゃぐちゃになったメイクを直すため化粧室へ向かおうとしたわたしは、ふと立ち止まった。
(ちなみに、茂樹はジャケットを羽織ればわたしがやらかしたところは見えなくなるだろう)
そして、茂樹に向かって尋ねる。
今までに数えきれないほど口にしてきた言葉だけれども、いつも内心ドキドキしながら訊いたものだった。
だから、こんなに安心した気持ちで言えるのは初めてだ。
「今夜は富多の御屋敷には帰らないでしょ?」
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「さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜」〈 完 〉


