さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
店のあった裏通りを出て大通りまで出ると、流れているタクシーを捕まえる。
後部座席に乗り込んだとたん、茂樹はわたしの肩にもたれてきた。
「気分が悪いってこと、ないよね?」
彼はお酒が入ると眠たくなるタイプだから、タクシーの中で「粗相」をするってことは、まず考えられないんだけど……
「ねぇ、こんなに酔っ払ってたら、今夜は富多の御屋敷には帰れないでしょ?」
各国の大使館が立ち並ぶ元麻布に、彼ら一家が身を寄せる富多社長の邸宅があった。
なんでも、明治時代の華族が建てたものだそうで、わたしは密かに「迎賓館」と呼んでいた。
「きっと、おばさんもわかばちゃんも心配するよ?」
たぶん、こんなふうに乱れる「息子」や「兄」を彼女たちは知らないだろう。
なぜなら——
「……じゃあ、うちにする?」
こんなときはいつも……わたしの部屋に来ていたからだ。
茂樹が目を閉じたまま、肯いた。
「すいません、南麻布の有栖川宮公園までお願いします」
わたしはタクシーの運転手に指示した。
「はい」と応じた運転手が、タクシーをなめらかに発進させる。
わたしはル・プリアージュからスマホを取り出し、メールチェックを始めた。
そのとき、わたしの肩に頭を乗せたままの彼が、掠れた声でつぶやいた。
「……光彩」
——いつもは「おまえ」呼びのくせに……
こんなときに名前で呼ぶの、ズルいなぁ……
店のあった裏通りを出て大通りまで出ると、流れているタクシーを捕まえる。
後部座席に乗り込んだとたん、茂樹はわたしの肩にもたれてきた。
「気分が悪いってこと、ないよね?」
彼はお酒が入ると眠たくなるタイプだから、タクシーの中で「粗相」をするってことは、まず考えられないんだけど……
「ねぇ、こんなに酔っ払ってたら、今夜は富多の御屋敷には帰れないでしょ?」
各国の大使館が立ち並ぶ元麻布に、彼ら一家が身を寄せる富多社長の邸宅があった。
なんでも、明治時代の華族が建てたものだそうで、わたしは密かに「迎賓館」と呼んでいた。
「きっと、おばさんもわかばちゃんも心配するよ?」
たぶん、こんなふうに乱れる「息子」や「兄」を彼女たちは知らないだろう。
なぜなら——
「……じゃあ、うちにする?」
こんなときはいつも……わたしの部屋に来ていたからだ。
茂樹が目を閉じたまま、肯いた。
「すいません、南麻布の有栖川宮公園までお願いします」
わたしはタクシーの運転手に指示した。
「はい」と応じた運転手が、タクシーをなめらかに発進させる。
わたしはル・プリアージュからスマホを取り出し、メールチェックを始めた。
そのとき、わたしの肩に頭を乗せたままの彼が、掠れた声でつぶやいた。
「……光彩」
——いつもは「おまえ」呼びのくせに……
こんなときに名前で呼ぶの、ズルいなぁ……