さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
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(バー)のあった裏通りを出て大通り(2 4 6)まで出ると、流れているタクシーを捕まえる。

後部座席(リアシート)に乗り込んだとたん、茂樹はわたしの肩にもたれてきた。

「気分が悪いってこと、ないよね?」

彼はお酒が入ると眠たくなるタイプだから、タクシーの中で「粗相」をするってことは、まず考えられないんだけど……

「ねぇ、こんなに酔っ払ってたら、今夜は富多の御屋敷には帰れないでしょ?」

各国の大使館が立ち並ぶ元麻布に、彼ら一家が身を寄せる富多社長の邸宅があった。
なんでも、明治時代の華族が建てたものだそうで、わたしは密かに「迎賓館」と呼んでいた。

「きっと、おばさんもわかばちゃんも心配するよ?」

たぶん、こんなふうに乱れる「息子」や「兄」を彼女たちは知らないだろう。


なぜなら——

「……じゃあ、うち(・・)にする?」

こんなときはいつも……わたしの部屋(うち)に来ていたからだ。

茂樹が目を閉じたまま、肯いた。


「すいません、南麻布の有栖川宮公園までお願いします」

わたしはタクシーの運転手に指示した。

「はい」と応じた運転手が、タクシーをなめらかに発進させる。

わたしはル・プリアージュからスマホを取り出し、メールチェックを始めた。


そのとき、わたしの肩に頭を乗せたままの彼が、(かす)れた声でつぶやいた。

「……光彩」


——いつもは「おまえ」呼びのくせに……

こんなときに名前で呼ぶの、ズルいなぁ……

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