婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する
 いつになく弁をふるうアンジェリ―ナを、ビクターはやや驚いたように見つめていた。だが、やがてうっすらと口もとに微笑みをのせる。

「とても魅力的ですよ。年の割に大人びていて、勝気な表情を浮かべるあなたにひと目お会いするなり、俺はすぐに恋に落ちました。そして――」

 伸びてきた彼の指先が、肩下に垂れたアンジェリ―ナのローズレッドの巻き髪に触れる。

「ここに来てから、ますますあなたを愛するようになりました。“もやし”の発案で、この辺りの民の生活は潤うようになったと聞いています。また、果物に刻まれていた彫刻の緻密さには、深く感動させられました。あなたほどの魅力的な人間は、この世に他にいない――あなたがどう思おうと、俺は今のあなたを愛してる」

 ドクンと、アンジェリ―ナの心臓がひときわ大きな音を鳴らした。

「ビクター様……」

 まるで前世の自分ごと、存在意義を認められたようだった。彼になら、全てを曝け出せるような気がした。

 暗がりの中で、見つめ合うふたり。

 引きつけ合うように、互いの顔が近づいていく。

 今のアンジェリ―ナには、自覚があった。

(私は、真っすぐ愛を伝えてくれるビクター様に、惹かれているのだわ)

 先ほど自分で描いたエリーゼとビクターを目にしたとき、咄嗟に視界から消えて欲しいと感じたのは、おそらく嫉妬なのだ。そして今彼の気持ちを聞いて、その想いはより強固なものとなった。

 ビクターの吐息を、すぐ近くに感じた。

 唇と唇が今まさに重なりそうになった、そのとき。

「キャ~~!」

 上階から、耳をつんざくようなララの悲鳴が聞こえてきて、アンジェリ―ナははっと目を見開く。

「アンジェリ―ナ様、この部屋は一体何なんですか!? いつからドブネズミなんて飼育していたんですか!?」

 ドタドタとララが階段を駆け降りる音が近づき、ふたりは飛ぶように顔を離した。今更のように、アンジェリ―ナから顔を背けたビクターの首筋が赤く染まっている。

(――危ないところだったわ)

 我に返ったアンジェリ―ナは慌ててビクターの傍を離れると、ドブネズミの愛らしさをララに説明するため、ビクターから逃げるように螺旋階段を駆け上がったのだった。
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