三月のバスで待ってる
「櫻井ー」
呼ばれて、地面から足を引き抜くようにして教室に入った。一斉に集められた視線を浴びて、頭がくらりとする。
「じゃあ、簡単に自己紹介してくれるか」
「は、はい……櫻井、深月です」
死にかけの虫の声みたいな小さな声で言うと、「よろしくお願いします」と早々に切り上げて、指定された席についた。
隣の席は「鈴村悠人」という名前の男の子だった。目つきが鋭く、ちょっと怖そう。私は話しかける勇気もなく、ただうつむいてじっと固まっていた。
「今日から新学期、夏休みボケはさっさと忘れて気を引き締めろよー」
加納先生が頭を掻きながら、面倒くさそうに休み明けの決まり文句みたいな台詞を言う。
「先生が1番引き締まってないんですけどー」
「いやいや、大人は夏休みないからな。俺はこれが通常なんだよ」
生徒のイジリを軽く笑って返す先生に、教室が笑いに包まれる。そこに混じって一緒に笑う余裕なんて、私には微塵もなかった。
ーー早く今日が終わってほしい。
そうひたすら願っていた。