初恋エモ



バンドをやることを一応は母に認められたため、ベースは自分の家に置くことにした。


「ねーちゃん、そのギター音低くてつまんない」

「ギターじゃなくて、これはベースって言うの」


ベースを触れる時間が増え、今までよりも練習時間が格段に増した。

家族が寝た後、こっそり川沿いに行き、指が痛くなるまで弾いたりもできた。


バイト帰りには惣菜片手にクノさんの様子を見に行く。

彼は変わらずギターを鳴らしたり、パソコンで曲を作ったり。


ひとつ変わったのは、家に行くとヘッドホンを取り、私とコミュニケーションを取るようになったこと。


「なぁここのベース、16分で音刻めない? ドラムが薄い分、低音でカバーする感じで」


クノさんに呼ばれ、パソコンの近くへ移動する。

前回のライブ映像を見ながら、ミハラさん版でのアレンジを考えることに。


「あ、なるほど。ギターはどうするんですか?」

「ちょっと音作り考える。歪み少な目かな~」


腕組みをして悩み始めるクノさん。

ぼーっとその様子を眺めていると、「なんだよ」と近い距離でにらまれた。


笑いをこらえながらも、負けずにその目を見つめた。


「いや、クノさんも丸くなったなーって。今までは俺に合わせろって感じだったのに、今回は自分から合わせに行ってる感じします」


うるせぇ、とさすがに怒られるかと思ったけれど、彼は真剣な顔でこう言った。


「だって、絶対勝たなきゃいけねーだろ」


ここにベースが無くてもどかしい。今すぐにクノさんと音楽を奏でたい。

早く大きな音を鳴らしたい。



しかし、楽しみにしていた次のスタジオ練習日。

時間になってもミハラさんは現れなかった。連絡もつかなかった。


クノさんの舌打ちが、スピーカー越しに響く。


「あいつ逃げ出すのはえーよ」


ライブ審査まであと二週間。


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