初恋エモ


澄んだ星空が広がる冬の夜。

土手の下には、街を分断する真っ暗な川が広がっている。


「こうやって夜だらだら歩いてると、いろんなことが頭によぎる」


マウンテンパーカーのにポケットに手を入れ先を進むクノさん。


「なんか、その言葉前にも聞いたことあります」


彼の後ろをついていく私は、そう返した。


バンドを始める前、彼とこの道を散歩したことを思い出した。

野球場に勝手に入って、彼の心の傷を聞いて、私も彼に心を開いて。

それからバンドが始まったんだ。


歩くの遅いと言われ、小走りで彼の横に並ぶと、


「あの時と違って、嫌じゃないことも思い出すよ」


そうつぶやき、彼は口角を上げた。


「…………」


空気は冷たいのに、心が温かくなった。


クノさんと駆け抜けた二年間。

私だけじゃなくて、彼の心にもいい変化がもたらされたんだ、と思ったから。


「東京、どうでしたか?」


白い息とともに、彼に問いかけた。


「あのボーカル、まじで頭イカれてる。サポートっつってるのに、どんだけ働かせるんだよクソが」


楽しかったという感想がくると思ったのに、彼はぶつぶつとグチを吐き出し、石ころを蹴飛ばした。


そういえば葉山さんも言っていたな。

あのボーカルさん、クノさんよりも全然厳しい人だって。

きっと、本メンバー並みの練習とライブを彼に強いたのだろう。


想像がついて、くすりと笑ってしまった。

< 173 / 183 >

この作品をシェア

pagetop