初恋エモ





クノさんと一緒に東京へ行く。


このことを諦めたわけではない。

しかし、私に内緒で彼は旅立ったらしく、会うことはできなかった。


鍵がかかったままの彼の家を後にし、とぼとぼ家に帰る。


彼の叔父さんも海外に移住することになったため、あの家とガレージは引き払われることになったらしい。


親とも決別したため、本当にクノさんには帰る家がなくなった。


私はそこまでの覚悟を決めることはできない。

しがらみはあるものの、母と真緒という家族との縁は簡単に切れないと思ったから。


彼もそれを分かってて、私の東京行きたい発言に聞く耳を持たなかったのかもしれない。



「ただいま」


家に帰ると、どたどたという足音がして、真緒が顔を出した。

その手には大きな黒いケースがあった。


「真緒、なにそれ」

「おねーちゃんにって渡された」


受け取り、ファスナーを開けた。


――え。


ぴんと張られた四本の太い弦。ターコイズ色のボディ。

そして、側面についた小さな傷。


紛れもなく、私のベースだった。


「これ、誰が持ってきたの?」


慌ててそう聞くと、真緒は「なんか怖そうなおにいさん」と答えた。


「まさか……うそ……」


胸がいっぱいになり、目の奥がつんと痛くなる。

部屋に戻って、枕に顔をうずめようと思ったが、ケースの奥に紙切れが入っていることに気がついた。


がさりと音を出し、引っ張り出す。


「う……クノさんのバカ……っ」


結局、不思議な顔をしている真緒の前で、ベースを抱えたまま思いっきり泣いてしまった。



『ごめん、今の俺ではお前の人生まで背負うことはできない。

一年後、東京で待ってる』





< 182 / 183 >

この作品をシェア

pagetop