水曜日は図書室で
 美久の心臓が冷凍庫に放り込まれたように、はっきりと凍り付いた。
 快がこんな声を出すところなんて聞いたことがない。
 いつも穏やかで、優しい物言いをしている快なのに。
 大声なだけでなく、まったく声音が違っていた。
「そりゃ俺だって、わかってるよ! でも普通にプレイができてるお前らに言われたくない!」
 快の声が続いていく。
 その内容は美久にはちっともわからなかった。
 でも快の気持ちはわかる。
 含まれているのは、怒りだけではなかったから。
 悲痛、ともいえる声色。なにか、快の心の中に刺さっていることがあるのだろう。 それが痛みになっているのだろう。そして、その部分を部員に言われたくなかったのだということも。
 声とその内容だけで事情がわからない美久にも伝わってきた。

 ダメ、聞いては、だって、こういうのは快くんから言ってくれるのを、待たないと。

 じわじわと思った。
 けれど美久の足は動かない。自分がどなられたわけでもないのにショックだったのだ。
 そしてそれはどうやら悪かったらしい。すぐにきびすを返してその場から離れなくてはいけなかったはず。

 バタン!

 大きな音がした。
 美久はびくりとしてしまう。
 ドアが開いた音だった。
 そしてそこから出てきたのは快だったのだから。
「お前らとこれ以上、話してもムダだよな! もう帰……」
 中に向かってもう一度どなる。美久が見たこともないほどけわしい顔だった。
 帰る、と言いかけたのだろう、その途中でこちらを見て、美久と目が合ってしまった。
 快の顔がおどろきになる。
「……美久」
 呆然と、美久の名前を呼んだ。当たり前だ、美久がこんなところにいるわけがないのだから。
 でも理由はわかるだろう。
 快が待ち合わせに行かなかったから。
 探しに来たのだと。
 そのくらいはわかるはず。
 快はドアを開けて、外に出かけたところで止まってしまった。固まった、と言ってもいい。
「……快、くん……」
 美久の声は震えた。その声は、快に『さっきの内容を聞いていた』と伝えてしまったのかもしれない。
 快はなにも言わなかったから。
 どうしたらいいのかわからない。そんな顔になる。
 数秒、どちらも動かなかった。
 快もそうだったのだろう。どうしたらいいのかわからない。その気持ちは。
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