彼女は実は男で溺愛で
彼はジャケットを脱いで、私の前に腰掛けた。
ネクタイを緩める長い指先に目を奪われそうになり、慌てて目を伏せる。
「俺じゃ嫌だった?」
「いえ、そういうわけじゃ」
だって、仕事の話をするわけじゃない。
その思いが口をついて出る。
「こっちの姿は、仕事上の『染谷悠里』だって」
「ああ、まあ。でも、好きな子を口説くのに、あの格好もないでしょう」
流れるように告げられる『好きな子を口説く』というワードに、鼓動が速まる。
「まあ、今日話す内容的には、あっちの姿の方が史ちゃんには安心感があったかな」
「ふ、史って」
「え、ああ」
仕事上の姿だと、言っていたのに。
彼は目を伏せて続けた。
「意識してほしくて。俺が男だと」
「私は」
「待って」
話し出そうとしたところを止められる。
「まずは、食事を済ませてから、説明してしまいたい内容を話してしまおう。いいかな」
昨日の出来事について、説明してくれると言っていた。
「惨事が起きた理由を話すから」と。
私も染谷さんに相談したい案件があった。
「あの、私も染谷さんに相談事が」
これには染谷さんが動きを止め、私の目を見据えて言った。