彼女は実は男で溺愛で
そのあと、なにを話したのか思い出せない。
染谷さんが話してくれるのを、曖昧に相槌を打っていたと思う。
駅に着くと、染谷さんが「史ちゃん、どうしたの? 様子がおかしいよ」と心配そうに私を覗き込んだ。
「い、いえ。なにも」
「でも」
染谷さんのスーツの内ポケットでは、先ほどから何度か電話がかかってきているようだった。
「電話じゃないんですか」
「ああ。うん、たぶん仕事」
「たぶん仕事って! 無視してちゃダメじゃないですか」
「うん。戻るつもりだから」
彼がさらりとと告げる事実に絶句する。
「それなら、ここまで送ってくださらなくても」
訴えた先の視線に捕まって、見つめられた。
その眼差しに耐えられなくて、視線を逸らす。
「様子がおかしいから。心配でひとりで帰せないよ」
「大丈夫です」
ため息を吐く彼は会社に戻ろうともしなければ、電話にも出ようともしない。