彼女は実は男で溺愛で

 承諾する前に、彼は勝手に私の目の前の椅子を引いた。

 考え事をしたくて、ひとりでカフェに来たのに。

 有無を言わせない彼の傲慢な態度は、やっぱり好きになれない。
 悠里さんは、この人を過大評価していると思う。

「猿とは、どうだ」

「猿っ。元気ですよ」

「フハッ。あいつに猿はお似合いだな」

 笑うと表情が柔らかくなって、恐ろしいイメージが緩和される。
 なんだ。この人、こんな表情もできるんだ。

 人目のあるカフェで、なにかされる心配もない。
 私はこの招かれざる客と、話す覚悟を決めた。

「どうして、そんなに悠里さんを気にされているんですか」

「別に。気にしてなどいない」

 嘘ばっかり。
 気にしているから、私を通して偵察しているくせに。

「あいつが珍しく人に執着したから、どんな奴かと興味を持ったまでだ」

 悠里さんは、人に執着しないんだ。
 そこまで考えて、時間差で驚く。

「えっ。執着って、私にですか?」

「他に誰がいる」

 あなたにも執着していますよ。とは、なんとなく悠里さんの名誉のために、言わないでおいた。
< 348 / 390 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop