【BL】近くて遠い、遠くて近い。
オレは反射的に、
中原さんの肩を突き離して数歩退いていた。
「いや…は? ちょ………なに?、」
「なにって…あかんかったん?」
一瞬にして体ごと離され、
中原さんの顔から
若干不満げな表情が読み取れる。
良いわけが無いやろ。
こちとら彼氏がおるんや。
まだ、
キスしたことなかったのに。
ファーストキスは
好きな人にして欲しかった。
なんで、
付き合ってもないのにできるんや。
ありえへん。
ほんまキモい。
「なんか言うてよ…ヒイロくん」
これでもう
フる理由が出来たと思い、
許せない気持ちを堪えながら
静かに息を吐いた。
「…ごめん、そういうの、ほんま無理」
「え…?」
「好きな人以外…、こういうの無理」
「や、だって
ヒイロくん彼女おらんやんな…?」
どういうこと?
彼女がおらんかったらいいって
そんなん誰が言うたん?
ありえへん。
「……おるし、恋人」
「えっ…」
「もし恋人がおらんかったとしても
いきなりキスするとか意味わからん」
「……………」
中原さんはやはり、
少しショックを受けたようで
しばらく黙っていた。
「…ごめん、
好きになってくれたんは嬉しいけど、」
「絶対ウソやんな」
オレの言葉を遮るように、
震えた低い声で呟いた中原さん。
痛いほど伝わる彼女の怒った表情に、
先程までの苛立ちが
スーッと冷めていくのがわかった。
「…なにがウソ?」
「だってあたしが
1年ときから好きやったん絶対知ってたやん」
「なんそれ…知らんし」
「とぼけんなよ!!!」
突然、廊下にまで響いた大声は、
後に気持ち悪いほどの静寂を呼び起こした。
恐怖すら感じるその不快な態度に、
オレは情けなくひたすら怯えきっていた。
「なんで…ひどいやん…ヒイロくん…。
恋人おるとか知らんかったし…誰なん、彼女」
そう迫り寄ってくる中原さんに
うんざりするあまり、とうとう
堪えきれず恋人の名前を
出してしまおうとしたときだった。
「ヒイロ」
踊り場に静かに轟いた、ナオくんの声。
誰もいないと思っていたオレと中原さんは
階段の下からこちらを見上げる彼へと
肩をビクつかせながら視線をやった。
「はっ?」
「あ、どーも、ヒイロの彼氏です」
「は、なんそれ、なんの冗談?
不良には関係ない話やからどっか行」
「こっちおいでヒイロ」
「えっ…、」
昨日の夜のように、優しい声で
名前を呼んでくれたナオくんやけど
その眼は完全に威嚇そのもので、
「…はよ来いって」
相変わらず、気だるそうな手を
ポケットに突っ込んだまま、
オレの向かいに居る中原さんを
睨みつけていた。
中原さんも
そんなナオくんに怯えているようで、
物言いたげな顔をして黙っていた。
「ごめん」と一言、小さな声で呟き、
階段を降りて
ナオくんの元へと歩み寄った。
「心配さすなよ」
「ごめん…、」
「…可愛いから許したる」
いつものように頭を撫でてくるその仕草を、
まるで、後ろに呆然と立っている中原さんに
見せつけているかのように感じる。
まだ学校なのに、いつもより距離がすごく近い。
オレの肩にしっかりと腕を回して、
ぐっと自分の胸元に引き寄せている。
中原さんの悲しい視線に気付かないふりをし、
悲痛に響く泣き声を聞こえないふりをし、
そのまま2人で、踊り場を後にした。