【BL】近くて遠い、遠くて近い。
すでに日が落ちている紫色の空の下。
この狭く長い路地を
二人で通るのはこれが最後。
無意識に、二人とも
歩幅が小さくのんびりとした足取りになっていた。
少しでも長く、
この時間を共有したいから。
「はー…最後やな」
「……寂しいなぁ…」
「…でも、距離遠いだけで
お前とは毎日連絡とるしww」
「えっ、ほんまに?」
「彼氏やし、当たり前やん」
二人きりになると、
優しい言葉をかけてくれるナオくん。
さっきよりも力強くオレの肩を抱き寄せて、
離れないようにくっついて歩いている。
それに応えるように、
彼の肩に軽く頭を寄りかからせた。
「……また、みんなで集まろ…?」
「せやな…」
「いつでも…、帰ってきてな…?」
「もー…また泣きそうなるやん」
「だって…」
田口くんたちと別れる前から
ずっと涙を堪えているナオくん。
オレと二人きりになっても
涙は流すまいと我慢していた。
「帰ったら…慰めてな」
「うん…オレのことも」
「……ん」
抱き寄せていた腕を離して、
そっとオレの冷えた手を握り
指を交互に絡めた。
恋人らしいことをすると
どうしても恥ずかしくなる。
大好きな彼の手が自分の手を握っていると思うと、
まるで、デートしてるみたいで。
「……今日、俺ん家な」
「え、…親は?」
「…誰もおらんよ」
「そっか…」
誰も、という言葉には
悲しい意味が込められている気がした。
それなら、オレがそばにいてあげよう。
ナオくんの家も、最後になる。
これまで、3年間思い出の詰まった
ナオくんの部屋で、
最後の時間を過ごそう。
「今日は…ゲーム無し」
「えっ…」
「…………………」
それがどういう意味なのかは
すぐに理解できた。
オレだって、ゲームをする時間が
もったいないくらい
二人の空間を過ごしていたい。
「ん…分かった」
すぐ近くにあるナオくんの顔を見上げて
笑みを見せると、
彼は少し照れたように目を逸らした。
そのかわりに、
耳元へ顔を近づけてぼそっと囁く。
「…シャワーとかも無しな」
「…!!」
囁かれた時の掠れた声と
耳にかかった吐息で
ピクン、と身体が震えた。
完全に…何かしらやる気だ…。
一気に緊張が全身を駆け巡る。
いや…洗いたい…。
あちこちを洗い流したい…。
「つーか…、」
「…ん??」
「こんな風になれるって思ってなかったわ」
「…え?」
「…お前と」
満足気に笑うナオくんは、
本当に嬉しそうな表情をしていた。
「そ、そんなん…オレだって、」
でも、その表情はすぐに
胸がぎゅっとなるような
悲しい微笑みに変わる。
「今までずっと気持ち隠してきたけど、
お前が告白してくれて、ほんま嬉しかった」
「………隠してきた…?」
「……1年の時から、
お前のこと…知った時から…、
……入学式の、時から…」
ナオくんはこちらを見ることなく、
溜まった雫を零さないよう
前を見続けたまま声を詰まらせた。
「めっちゃ、…可愛くて、イケメンで、
俺なんかと違って綺麗で、透き通ってて…、
ほんで……アホみたいに優しくて…、
俺みたいな奴が関わっていい奴やないって、
同じ男なのに、こんな気持ち……、」
「……………ナオくん…、」
「……お前はすぐ近くにおるのに、
なんか…めっちゃ遠い存在やって……」
時折鼻をすする彼の声は
消えるように震えていて、
それでもオレに伝えようと
鼻をすすって、咳払いをして
いつもの声に戻す。
「……なんっ、つーかな…」
「オレもそうやったから…分かるよ」
ふと、ナオくんがこちらを向いた。
「同じ男やから、告白なんてしたら
ナオくんに嫌われてまうんやないかって…」
「………………」
「オレがゲイってバレたら、嫌われて
親友辞められてまうんやないか…って…」
「……んなわけないやん」
彼は、繋いでいたオレの手を
より一層強く握りしめた。
「…俺の事、好きでおってくれて
ほんま…ありがとうな」
「っ…ううん、」
好きでいてよかった、なんて
考えたこともなかった。
感謝どころか、
見向きもされなくなるんやないかって
不安で仕方なかった。
ナオくんも、オレのことが
好きだったなんて
夢のそのまた夢の世界での話だと思っていた。
未だに信じられないほどだ。
でも、
この手の温かみが、証明している。
「ずっと…、ヒイロが好きやで」
繋がれた手のひらには
じんわりと汗が滲んでいる。
路地突き当たりの分かれ道、
空では赤い陽が消えて
真っ青の夜が覗いていた。
「オレも、……好き」
左にゆっくり曲がったところで
愛の言葉がぽつりと消えた。