【BL】近くて遠い、遠くて近い。






10分後。


便器から立ち上がって
おぼつかない足取りで個室を出たものの、

落ち着くどころか、全てを思い返しては
悲鳴が出そうなほど顔面と股間が熱くなった。

ボーッと洗面所の鏡を見ていると、
なんとも間抜けな自分の顔が映し出される。

涙目で赤い頬。
少し乱れた上着に、力の入らない手。


ナオくんの色っぽい吐息や
濡れた舌の感触が鮮明に蘇ってくる。






「きもちかっ…た……」






思い出せば思い出すほど、
ドクドクと脈打つ心臓に股間も連動する。

ちょうど腰あたりにある洗面台に
そびえ立った股間を無意識で押し付けていた。





「ん……んっ…」





こんなところ、
誰かに見られたら絶対やばいのに。

これからカラオケが終わって、
ナオくんかオレの自宅に寄って
続きがあるであろうにも関わらず

身体が待てないでいるのだ。

うずうずと下着の中で動いて止まらない。






「ナオ…くん…っ」






とうとう、オレは
我慢できなくなっていた。


今まで、ナオくんで独りよがりしないと誓って
1度もやらなかったのに

今では理性さえもぶっ飛んだままだ。

ひんやりとした洗面台が
熱く硬いモノを服の上から心地よく冷やし、
先端から根元まで上下にゆっくり押し付けると
腰が跳ねて、下着の中が
先走った液でどんどん湿っていくのが分かる。


もう、出してしまいたい。


切なくなるほど愛しいナオくんを思い浮かべて
静かに息を荒らげていった。






ガチャッ



「!!」






すぐ側にある出入口から
人が入ってくる。

当たり前だ、ここは共有のトイレだ。

その人はチラッとこちらを見たが
興味無さそうにスマホを持って
小便器へと向かった。

すぐそこまでせり上がっていたものが
徐々に引いていき、
やがて落ち着きを取り戻した。

危なかった。
服を脱いでいたら、完全にアウトだった。






速やかに手を洗い、
ナオくんたちが待つ部屋へ急いだ。






「おかえりー、うんこ出たか?」


「うっ、うん…ごめん待たせて」


「大丈夫かー?」






相変わらず談笑している3人は、
オレの事をさほど気にしていないようだった。

しかし、ナオくんに限っては
オレと目が合う度、口角が緩んでしまっている。
まるで、先程のことを思い出させるように。

その都度心臓が高鳴り、
常に何事も無かったよう振る舞うのに必死だった。







帰ったら、どうなるんだろう。

続きって、なにをするんだろう。







その先を期待してもいいのか、

キスよりも先、つまり……。

考えが追いつかない。







カラオケを出るまでの残り時間。

3人が様々な曲を歌っている最中、
オレは懸命に盛り上げたものの
どこか心ここに在らず。

歌っているナオくんを見て、
ぼうっと一人、舌が絡み合うキスの感触を
思い返していた。

酒なんて飲んだことないが、
二日酔いのような気分だ。

帰り道も足元がおぼつかない。

半ばナオくんに支えてもらって歩いてるような
そんな感覚だった。






「ヒイロ大丈夫けー?」


「ぜんぜん、大丈夫」


「さすがに疲れたか、ごめんなヒイロ」


「そんな、謝らんといてよ、楽しかったで」


「いやほんま!田口めちゃ歌上手いんやな!」


「まぁーーーな」





山下と田口くんは
オレのことを心配してくれてるようで、
数時間のどんちゃん騒ぎへ付き合わせた事に
自責を感じてか、
田口くんは時折謝ってきた。

もちろん、彼は何も悪くない。

謝るついでに
トイレで何があったのか
聞く素振りもない。

気を使っているのか、それとも
バレているのかのどちらかだ。

ナオくんも分かってか、
何も言わない。

ただ、ひたすら肩を抱き寄せて
オレの身体を支えてくれていた。






これまでの高校生活の
フィナーレと言わんばかりに
カラオケで思い思いの時間を
過ごしていたオレたちは、

途中、喫茶店やゲーセンに寄り道をしたりと
今日という一日を楽しんでいた。

初めて、プリクラも撮った。

楽しい、嬉しい。
でも、これで高校生活は
最後なんだ。

思い返せば、みんなに、この3人に、
……ナオくんに、

たくさん助けてもらい、
救ってもらい、

本当に充実した日々を過ごすことができた。

今までのオレには考えられないほどの、
母もきっと、想像できないほどの
幸せを感じている。

大学へ行くのも、それほど怖くない。
こんなふうに友達が出来て、
また楽しい時間を過ごせるかもしれない。

そう思うと、残りの自分の人生すべてが
明るく見える気がした。







「そろそろお開きにしよか」


「せやなー」


「まぁ…しばらくお別れってことやな」


「東京行っても元気でな、佐野原」


「たまには連絡しいや」


「……おぅ」






帰り道の別れ際、

田口くんと山下が口々に
別れの挨拶を告げている。

最後は、オレの番。

一番最後にナオくんを送り出すのはオレであり、

このあと、きっと落ち込んでるであろう
ナオくんを帰り道で慰めるのもオレ。







「お前らのおかげで
高校楽しかったわ、ありがとな」


「こちらこそ」


「ヒイロ、あとは頼んだで」







田口くんがこちらに微笑みかけた。

山下もそれに続いて
オレの方を見て笑顔で頷いている。







「うん、ちゃんとオレが送ってく」


「おっ。男らしい」






そうして、それぞれの2人が
自分たちの帰路へ歩き出した。







< 52 / 60 >

この作品をシェア

pagetop