咎人と黒猫へ捧ぐバラード
拉致
真吏は父親が好きだった。
力が強くて武骨な男らしい手が好きだった。
よく遊んでくれて、勉強もよく教えてくれた。
そんな日々は毎日続いて自分は、いつか結婚して子供を産んで。
父親は孫を溺愛してくれて、いつか老後を見届ける。
平凡なそれが当たり前だと思っていた。
しかし二十年前の人工知能暴走事件で父親は行方不明、元々躯が弱かった母親は心労と肉体的疲労、両方の無理が重なったのだろう。
数年後に亡くなった。

そして自分は子供どころか、結婚もしていない。
今は三十を過ぎてからの出産は珍しくないが相手がいないのでは、どうしようもない。

「あーあ……」

真吏はため息をついた。
人生のそれが当たり前だと思っていた、子供の頃の自分に戻れることができたら助言したい。

当たり前の幸せは、そうではないのだと。
急に失ってしまうこともあったあるのだと。

その時、玄関のチャイムが鳴った。
宅配の予定はないし来客予定もない。
(いぶか)しげにインターホンを覗いて、あっと声をあげる。
モニター画面に写っていたのは、あの融合双生児の少年だったからだ。

オートロックを解除すると真吏の部屋にやって来る。

「急に来たりして、すみませんね」

彼は笑顔で謝罪する。
今は有道のようだ。
お茶とお菓子を要求する様子を見る限り、最初から上がり込むつもりだった事は間違いない。

「何か用なの?」

呆れ顔で真吏はクッキーの缶と、甘いカフェオレの入ったカップをテーブルに置く。
アルはガーディアン・アキラルの代理人であるし、用件も無しにやって来るとは思えない。

「うん、高竹さんに聞いておきたい事があるんだ」

有秀は笑顔を向ける。

「この依頼が終了したら、またキャラメルラテを奢ってくれる?」

少年はクッキーを食べながらカフェオレを流し込む。
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