舞姫-遠い記憶が踊る影-

異変


ギィ、ギィ……

古びた看板が錆びた音を上げる。
時刻は間もなく23時を告げようとしている。
街の住人達は、おそらく皆夢の中にいる者も多いだろう。
1時間前までポツポツとついてた店の灯りも無く、ここいらで灯りがともっているのはこの店だけだろう。
アタシも本来ならばもう店の鍵は閉めて自室へと向かう時間だというのに、片付けも終えてさて戻ろうというときに外の札を変え忘れていたのを思い出したのだ。
まだ深夜を回ったわけでもなく、札を変えるだけだからと今、ほんの一瞬外に出たのだ。
少しだけ月を見上げる。
月はふくよかに美しい満月。

「良い月だ」

静かで厳かな光を放つ。
暗がりの街は月明かりに照らされて、暗いけれどもどこか明るいような、そんな気がする。

「それにしても、今日はなんだか寒いね……」

ぞわり、と背筋に冷気が伝い、誰に言うでもなくそうぽつりと独りごちた。

深夜を回る頃に外に出ていると“晩の狼”がやってくる。
この街の住人達と同様に、アタシだってそれで育ってきたのだ。
たとえ大人たちが子供達に聞かす眉唾ものの迷信だったとしても、この街の住人は大人も子共もみんな信心深くそれを守っている。
扉にかかっている札をCLOSEに変えて早々に店へと戻った。

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