君のキスが狂わせるから
 冷たい風でややこわばった口を結び、私は自分らしい言葉を探した。

(借りてきた言葉じゃない、本当に心から思っている言葉)

「……リリースしたらいいんじゃないかな」
「リリース?手離すってことですか」

 私を見つめながら、深瀬くんが座っていた体を起こす。
 ぐんと近くなった彼の顔を見上げ、私は頷いた。

「その人とのいきさつは分からないけど。少なくとも相手は今、深瀬くんから離れたいって思ってるんだよね」
「そうですね」
「なら、彼女の想いを大切にしてあげるのがいいと思う。大切な人なら……最後まで、大切にしてあげてほしい」

 それが簡単にはできない。
 分かっているからこそ、私は自戒も込めてそう言った。

 すると深瀬くんは、いつもはあまり崩さない表情を和らげて頷いた。

「やっぱりそうですよね。分かってはいても、一人だと堂々巡りっていうか……うまく結論出せなくて」

(分かるよ。私だってまだ消せないアドレス持ってるんだから)

「想いをリリースすれば新しい出会いもあるはずだよ。でも……自分が信じて思い入れた人を手離すって簡単じゃないよね」

 自嘲ぎみにそんなことを思っていると、ふと目の前の彼が視線を強くしたのがわかった。

「……ここで彼女への想いをリリースできたら、愛原さんが俺の新しい人になるのかな」
「え……」

 真剣な声色でこんな事を言われて、すぐに笑い飛ばせるほど私も余裕のある人間じゃない。
 口説かれてるんじゃないかって少しは感じてしまう。

(何度この類いの社交辞令で傷ついてきたと思ってるの)

 私が黙ってしまったのを見て、深瀬くんはすぐに前言を撤回した。

「すみません、調子のいいこと言って」
「ううん……うまく切り返せなくてごめんね」

 苦笑する私を、深瀬くんは呆れたように見つめる。

「また謝ってる」
「あ、ほんとだ。癖なのかな……癖ってなかなか治らないね」
「……あなたって……嘘みたいに真面目な人なんだなあ」

(嘘みたいな真面目?)

「それ、褒めてないよね」
「いや。愛原さん見てると、まだ信じていい人がいるんだな…って思えて嬉しいです」

 そう言いながら笑う深瀬くんは、いつもの強気な空気を取り戻していた。
 その様子に私もほっとして一緒に笑う。
 すると、胸につかえていた大きな石が、少しだけ小さくなったように思えた。
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