君のキスが狂わせるから
「体調悪いところ、ごめんね。あ…これは本当に申し訳ないと思ってるから謝ってるの」
『なら、看病に来てください』
「そ、それは無理だよ」

(そんなに悪いのかな。でも、まだそんな関係でもないのに……)

 困っていると、電話の向こうでくすっと小さく笑う声がした。

『……ちょっと言ってみただけです』

 深瀬くんは今日眠って良くならなかったら明日病院に行ってみると言って電話を切った。

「……」

 切れてしまった電話の静けさが妙に寂しい。
 彼が藤沢に住んでいるというところまでは知っているけれど、住所は知らない。
 アパートなのかマンションなのか、そんな事すら知らない。
 どこなのか聞けば教えてくれるつもりだったんだろうか。

(私、もうとっくに深瀬くんに惹かれてる。でも、やっぱり先に進むのは怖い……以前のように愛を少しずつ失うのが怖い)

 私に何も言わず消えた元彼は、深瀬くんとは全く違う人だった。
 よく喋る明るい人で、友達みたいに話のできる人で。
 一緒にいてドキドキはなかったけれど、安心できる人だった。

『瑠璃は可愛いよ。自信持っていいよ』

 最初はこんな言葉で抱きしめてくれていたのに、次第に言葉が少なくなって……気付いたら冷えた空気が漂うようになっていた。

(最後まで、私の何が嫌なのかは言わなかった。優しい人だったから、言いづらかったんだろうな)

 そう思うから、完全に嫌いになれず、未練だけが残った。

 携帯の中に残り続けている元カレのメモリー。
 これを手放したら、深瀬くんとの関係を進める勇気が持てるんだろうか。

(少しでも前に進むためなら……リリースすべきなんだろうな)

 連絡先のデータを出し元カレの名前を表示させる。
 もう随分忘れたと思ってたのに、やはり少し胸が痛んだ。

(でも、もうこの気持ちともお別れ)

「……さようなら」

 引きずり続けた元カレの番号を二度と繋がらないようブロックする。
 そして、その後データを全て消した。

 その瞬間、すっと心の重みが減り、僅かな寂しさが胸の奥に広がった。

 これでいい。
 例え深瀬くんと上手くいかなくても、後悔はしない。
 だって、元カレとはとっくに終わっていたんだから。
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