君のキスが狂わせるから
「俺以外の男を見るの、許さないですから」
「なん……で」

 震える声でどうにかそう返すと、彼は獲物を狙う豹のような目で私を射すくめる。

「あなたはもう俺のものですよ。あなたも求めてたでしょう?」

(違う……求めてなんかない)

「今みたいな深瀬くんは好きじゃない」

 別人のような彼が怖くなって、私はゆっくり開いたエレベーターから逃げるように出た。
 追ってくるかもと思ったけれど、その気配はない。
 きっともう普段の彼に戻って、何事もなかったようにオフィスへ向かったのだろう。

***

「はあ……」

 駆け込んだ化粧室で、乱れた髪や服を整え直し、取れてしまったリップを塗る。
 でも、リップを持つ手が震えてしまってちゃんと塗れない。

(驚いた……深瀬くんが、あんなに嫉妬深いなんて)

 心臓がまだドキドキ言っていて、鎮まるまで相当な時間が必要な気がした。

 好意を寄せられるのは嫌ではない。むしろ嬉しい。
 でも、あんな情熱的に気持ちをぶつけられたことは経験がないから、それを受け入れていいのかどうかも判断がつかない。

(会社では冷静で、二人でいる時は優しくて紳士的で、少し可愛いくらい。なのに……さっきの彼はどれでもない。まるで獣みたいだった)

 体が熱くなったことは否定できない。
 それを求めてると言うのなら、彼の判断は外れていないことになる。
 でも……このままでいいんだろうか。

(週末にデートをしたら、きっと流されてしまう)

 とは思ったけれど、約束を断る理由も思い浮かばず、私は鏡の前で頭を抱えた。
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