君のキスが狂わせるから
 少し眠った後、ふと目を開けると海斗はまだ私を見つめて起きていた。
 どれくらい眠ったのかわからないけれど、まさか起きてるとは思っていなかったから驚く。

「起きてたの?」
「眠るのがもったいなくて」

(何その可愛い言い訳。だめだ…もしこの恋が未来に続いてなくても後悔しないくらい嬉しい)

 すっかり恋を認識してしまった私は、素直に海斗の優しさを受け取った。

「恋人にはいつもこんなに優しいの?」
「どうかな。過去の恋とか…今の恋人に言うことじゃないし」
「…そうだけど」
(私の場合ミホ先生が恋人だったって知ってるから)

 言いにくそうにしていると、深瀬くんはふっとため息をついて起き上がった。

(怒ったかな)

「美穂さんは俺が傷つけてしまったんです」
「え?」
「……今日話すつもりなかったんですけど、やっぱり言わないとだめですかね」

 辛そうな表情をしながらも、海斗は私の手をぎゅっと握っている。

「私、どんな話でも受け止める。大丈夫だよ」

 その言葉に嘘はなかった。
 ミホ先生ほどの人を手放すには、きっと相当な理由があったはずだ。
 フラれたというのもきっと単純な話じゃなかっただろう。

「じゃあ言います。原因は俺の家のことです」
「家?」
「はい。実家は跡継ぎを欲しがっているんですよ…兄夫婦に子どもがまだできなくて。それで、弟の俺に期待がかかってしまってるっていう状態で」
「あ……」

 ミホ先生は若く見えるけれど40代で。
 おそらく子供は厳しいという感じだったのだろう。
 条件だけ考えれば、私だってあまり変わらないのだけど。

「俺は子どもはいいって言ったんです。実家とも縁を切るって」
「でもミホ先生はあなたにそんなことさせられない…って思って、振ったんだね」
「……多分、そうだと思います」

 ミホ先生らしいし、大人な女性だなと感じる。
 自分の欲を出さず、感情的にならず。
 私が憧れていた40代の女性だ。

(でも、きっと辛かったろうな)

(今、こうして海斗を受け入れている自分は大丈夫なんだろうかと思ってしまう)

「心配しないで」

 海斗は決意したような目で私を見た。

「あなたと美穂さんと比べる気はないし、瑠璃さんは俺の現在進行形の恋人です。だから改めて言いますけど、俺との間に子どもを…なんて絶対意識しなくていいですから」
「でも、私も海斗が家と縁を切るとか考えて欲しくない」

 ミホ先生のような完璧な大人ではない私は、怖気付いた言葉を口にしてしまっていた。

「ひとつの家庭を壊すなんてできない。やっぱり……そう思ってしまうよ」

 そんな私の言葉に対し、海斗は渋い顔をしながら首を振った。

「大事なもの、もう失いたくないんです。瑠璃さんとのことは気が早いですけど、ずっと先の未来も考えてるんで」
「……え、それって」

(プロポーズみたいじゃない?)

 驚いて顔を上げると、海斗は真っ直ぐな目で見つめ返す。

「俺、本気ですよ。ただの恋人じゃなくて、瑠璃さんとは結婚前提で……付き合ってほしいと思ってます」

 
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