私立秀麗華美学園
「起立、礼、ちゃくせーき」


いやでも毎時間聞かなきゃならねえ、委員長の笠井の声。


「えーそれでは、用紙を配布する」


緊張感のある、試験官の声。


「やべ、芯短けえ」


小さく言った、俺の声。


……そう、俺の声。やばい。
唯一のシャーペンの芯が、あと3cmほどで、その命を絶とうとしているのを発見してしまったのである。

こんな時に限ってストックはなし。と、いうか、筆箱の中身のほとんどを、寮の机の上に忘れてきてしまったらしい。
消しゴムを置いてこなかったことだけが不幸中の幸いだ。

誰かに借りようにも机の間隔はおよそ30cm。
既に答案用紙が配られている今、身を乗り出してはあらぬ誤解を抱かれるに違いない。


筆記用具の点検。なんて迂闊だったんだ……と、いくら嘆いてもしょうがない。
今は、どれだけ芯を節約できるかというどっかの番組の企画のようなことを考える他あるまい。

教科は世界史。選択問題の多さは望めるだろう。
開始までの2分間。芯の節約法についての考案タイムだ。


まず、筆圧は極力小さくだな。いくら薄くても見えりゃいいだろ。
そして書き間違いだけは避けるべきだ。書いて消すなんて、今の俺には一番の贅沢。


「始め!」


よし……地獄の節約生活が始まった。
60分間芯3cm生活。

教室中が、紙をめくる音とシャーペンを紙の上で走らせるカリカリという音だけに包まれた。
俺の場合、紙の上で歩かせる、という表現の方が正しいかもしれない。いくら耳をそばだてても、音らしい音は聞こえてこない。

まず名前……ひらがなはさすがにまずいか。つきしろかずと。うん、やめとこ。
月……約5mm角。城……点は省略。和……地味に難関。人……よし、完璧。

横棒は極力短く、はらいも極力直線で、四文字の漢字は大体2cmぐらいの幅に収まった。

息をついて顔を離し、あらためて氏名の欄を眺める。


……なんで俺、こんなことしてんだろ……
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