お見合い夫婦の結婚事情~カタブツ副社長に独占欲全開で所望されています~
 ふとした瞬間に真帆の鼻をかすめる少し甘い蓮の香り、いつもより近くから真帆を見下ろす優しい眼差し。それは今まで"彼は手が届かない人"と言い訳をして抑えこんでいた真帆の気持ちのストッパーをあっという間に外してしまった。
 彼に対する気持ちは、上司に向ける親愛ではなく男性に捧げる愛情なのだと真帆の高鳴る胸が言った。
 そうだ、真帆は彼に恋をしてしまっている。
 …けれど本当は自覚なんてしたくなかった。
 なぜ気付いてしまったのだろうと真帆は自分の不甲斐なさを呪う。なぜ胸の中に閉じ込めておくことができなかったのだろう。
 真帆が彼を男性として愛することなど誰も望んでいないというのに。
 蓮はもちろんのこと、真帆自身でさえも…。
 真帆は浮かない気持ちを持て余しながらエントランスを進みエレベーターを目指した。
 
「入江さん!」

 よく響く声で呼び止められて真帆は振り返る。総務課の遠山ゆかりだった。

「遠山さん、おはようございます」

 ゆかりは真帆に駆け寄ると挨拶もそこそこに目を輝かせた。
< 119 / 283 >

この作品をシェア

pagetop