クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「そんな」

 思わず立ち上がりそうになって、そんな自分を抑える。

「結婚なんて……そこまでさせるつもりは」
「じゃあ、君は俺になにを望むつもりだったんだ?」

 私を優しく呼んだ声が、明らかな敵意をはらんで突き刺さる。

「認知だけして、金さえ送ってくれればいいと言うつもりか?」
「違います、そんなこと……」
「これは君の望んだ通りの結果だろ。余計な駆け引きをする必要はないし、演技もしなくていい」

(どういうこと……)

 理解できずにいると、婚姻届を突き付けられる。

「書いてくれ。役所に出してくるから」
「でも」
「それが気に入らないなら、俺になにをしてほしいのか言ってくれ」

 その答えは出せない。
 だから、そっと震える手でペンを取る。

(こんな形で一緒にいたかったわけじゃないのに)

 しばらく振りの再会で、まだ気持ちが夏久さんに残っているのを自覚した。
 二度と会えないと思っていたから、会えて嬉しい。
 二度と会うべきではないと思っていたから、ただひたすら申し訳ない。
 婚姻届に名前を書く。
 その間、父はなにも言わなかった。
 代わりに再び夏久さんが口を開く。
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