クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
 彼女を残して、部屋に逃げてきてしまった。
 行き場のない感情をどうすればいいのか、まだ自分と折り合いがついていない。
 デスクに向かい、椅子に座る。
 イライラと腰を下ろしても気持ちは落ち着かない。

(あの態度が演技なんて、誰が思う?)

 たまたまバーに足を運んだとき、男が彼女のカクテルになにか入れるのを見てしまった。
 なにも知らずに受け取った姿に危機感を覚えて声をかけた結果、想像以上の世間知らずに呆れてその後も付き合うことになった。

 厳しい父親に縛られ、ただバーでカクテルを飲むだけの時間にさえ憧れを感じていた彼女に、いろいろと共感することがあったのはたしかで。一条の名前に不自由さを感じながら逃げられない自分と重ねてしまった。
 そんなそんな人生でも前向きに“夜遊び”をするのだと笑った彼女に、どうしようもないほど焦がれたのは必然だったのだろう。

 これまで一条の名前だけ見ていた女とは違うと思って――違うと思いたくて、名を明かしてしまった。
 それを聞いて彼女は驚くことなく「自分を助けてくれた人の名前だ」と柔らかく笑っていた。
 誰かと過ごして、あんなにも安らいだのは初めてのことだった。もっと側にいたい気持ちを抑えて別れようとしたのに、同じ気持ちだと知って止まらなくなった。
 なのに。

(……どこから嘘だったんだ)
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