千の夜と奇跡の欠片(ひのみ りん短編集)
『月の記憶、風と大地~ナーキアの憂鬱~』30万PV記念作品
300000ヒット記念作品
『ナーキアの憂鬱』

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ドラッグストア『ナーキア』の空っぽになった日用品売り場で、津田が頭を掻きため息をついた。

「まったく、どうかしてるよ」

原料が輸入できなくなり紙類が生産が停止、トイレットペーパーやボックスティッシュなどがなくなるという噂が流れた。
津田の店でもその影響を受け、店頭から紙類が全て売り切れたのである。

元は何の根拠もない噂だ。

実際になくなるわけがない。
紙類の国内生産は九割を超えているのだ。

配送作業を含め全て人間によるアナログ作業なので、店頭に並ぶまで遅れが出るのは当然だ。
物流の流れを理解し冷静になればわかることである。

しかし冷静さを失った人間は加工工場にまで直接、買い求め騒いだというのだから、驚きだ。

薬剤師である後台も呆れたように肩をすくめる。

「ええ。店内で奪い合いは始まるし、血走った目のお客さんが並んで待ち構えているし……」

客からは
「在庫を隠しているんだろう」
「一部の人間にのみ売っている」
「金を渡せば売ってもらえる」

などと言いがかりをつけられた。
根も葉もない噂を信じ陰謀論に走り、必要もないのに更に買い貯めをする悪循環に陥っている。

「多元的無知、ってやつだな」

自分は噂に騙されないが、他の人間は騙される。
だから買っておかなければならない、という心理学的な考えだ。

休憩から戻った静が荒れた店内を見渡しながら近づいてくる。

「お客さんも、お互いに協力してくれればいいのに。そうすれば、マシになると思うんですけれど。……弥生さんとレジ交代してきます」

後台が頷き、それを見送る。

「囚人のジレンマ、ですね」

お互いに協力する方が協力しないよりも得をすることが分かっているのに、非協力者が利益を得る状況では互いに協力しなくなる、という状況である。
要はお互いに信頼関係がないために成り立たない関係だ。

「でも、みんながみんな、そうじゃなくて。津田さんのような人がいて安心しました」

後台は讃えたが、これは皮肉である。
確かに津田は仕事に関しては合理的に考えるし、冷静に行動する。
だがそれは逆を云えば動物的に欠陥品なのかもしれない。

欲しい物を闘争本能で奪うことは当たり前の行動だからだ。
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