人形魔王は聖女の保護者

冒険のはじまり

 無断でもらってきた慰謝料を手に、めぐみとメデュノアは冒険者ギルドへとやってきた。

 剣と盾の看板があり、ゲームや漫画でよく見る酒場のような外観だった。レンガでがっしりとつくられており、5階建てと他の建物に比べると若干大きい。
 すごいなとめぐみが見上げていれば、メデュノアがこっそりと耳打ちをする。

『いいか、回復魔法が使えるなんて言うなよ。お前は、召喚師としておけ。俺を使役しているとギルドの奴には言えばいい』
「……わかった」

 この世界の常識に疎いめぐみをフォローするのは、保護者となったうさちゃん人形のメデュノアだ。
 回復魔法という希少なものを使えるめぐみを気遣い、いろいろと教えてくれる。感謝してもしきれないと感じながら、めぐみは大きく頷いた。
 無理矢理呼び出されて大変なはずなのに、メデュノアは嫌な顔をせずに付き合う。どうしてこんなにも寛容なのだろうか。いつかたまりにたまった恩を返さなければ考える。

「じゃぁ、入ろう。でも、緊張しちゃうね……」
『おう』

 カラン、と。
 ドアに付いたベルが音を立て、めぐみの来訪をギルドへと告げる。

 中にはカウンターが何個かあり、入り口付近には机や掲示板などが設置されていた。
 深夜だというのに、人の数はそこそこ多い。剣を携え、鎧をきた屈強な男の人。ローブに身を包んだ魔法使いの人。様々な人がここには居た。
 高校生であるめぐみは、日本で居酒屋にすら行ったことがないのだ。隣にある酒場と中で繋がっている冒険者ギルドの雰囲気を、とても不思議に思う。

 ここへきた一番の目的は、めぐみの身分証作成だ。そして、お金を稼ぐこと。

 メデュノアの話によると、安全面のこともあり、国や街に入るときなどには身分証が必要になる。街に住んでいる人は生まれたときに交付されるのだが、地方ではまだ実装されていないところも多い。
 国や街へ入る際には、身分証、もしくは金銭が必要になる。なので、めぐみは身分証をつくることにしたのだ。
 冒険者ギルドの身分証はギルドカード呼ばれ、ギルドの施設を使ったり、依頼を受けることも同時に出来るようになる。
 依頼を受け成功させると、報酬としてお金がもらえるのだ。

「……すごい。いろいろな人がいる。すごいねぇ、ノア」
『そうか?』
「って、ノアには見慣れた光景か。……すみません、登録をお願いしたいんですけど」
「はい。いらっしゃいませ」

 冒険者たちの合間をどきどきしながら通り、めぐみは正面のカウンターへと向かった。
 受付にいたのは、すらりとした女性だった。夜勤だろうに眠そうな顔ひとつせず、笑顔でめぐみに対応をしてくれる。すぐに登録したい旨を伝えれば、「わかりました」と処理を進めてくれた。
 その際、受付の女性に伝えた情報は――メデュノアが考えてくれたものだ。

 名前:グミ
 職業:召喚師
 使役:人形のノア

 ――しかし美味しそうな名前ですね……!!

 さすがにめぐみという名前で登録するのはまずいからと、メデュノアがグミとしたのだ。食べ物の名前だからどうなのかとおもう。しかし、メグだとすぐに気付かれてしう可能性が高い……。
 そうなると、やっぱりグミがいいのだろう。不安ではあるのだが。

「はい。後は、犯罪歴をお調べしますね」
「お願いします」

 この世界では、犯罪をした人を血で管理している。
 そういった魔法の道具に犯罪者の血を登録することにより、そこで血を調べると過去に犯罪を犯したことがあるのかがわかるという仕組みになっている。
 日本でいう、指紋と似たようなものだろう。

 ――つまり、私の血が必要ということなんですよね。
 絶対痛いだろうから嫌なんだけど、ここで拒否をすると訝しまれてしまう。めぐみは意を決して、渡された針で自分の指先を指しわずかな血を採った。
 それを受付の女性に渡せば、魔導具を使いめぐみの犯罪歴を調べる。そもそも、この世界にきたばかりのめぐみに犯罪歴などがあるはずはないのだが。

「ありがとうございます。――犯罪歴は、ないようですね」
「はい」

 もちろん犯罪歴がないということは、めぐみ自身が一番わかっている。が、こういったシーンはどうしてもどきどきしてしまう。たとえ自分にやましいことがなかったとしても。
 ほっと安堵の息をはきながら、めぐみは処理が終わるのを待つ。

 待つこと数分。

「こちらがギルドカードです。無くさないよう、気をつけてくださいね」
「はい。ありがとうございます!」

 ギルドカードが無事に出来あがったようで、受付の女性がめぐみに手渡した。
 渡されたギルドカードを見れば、そこには名前が刻まれていた。これがこの世界で身分証となり、冒険者ギルドで仕事をするときに必要になるのだ。

 本来ならば、めぐみは定食屋などで働けたらよいと考えていた。しかし、メデュノアからこちらの方が実入りがいいからと言われたのだ。戦うのは自分がするから、登録だけしておけと。
 つまり、めぐみはマスターとして魔物討伐の依頼を受ける。それをメデュノアがこなしていくというスタイルだ。
 そして同時にめぐみも思考を巡らせる。一般的な場所で働いていくよりも、冒険者となった方が日本に帰るための情報を集められるのではないかと考えたのだ。

 ――もしかしたら、私を日本へ返す魔法を使える人がいるかもしれない。

「あぁ、そうでした。本日はギルドの宿が空いていますが、宿泊はされますか?」
「え? 宿もやっているんですか?」
「はい。ギルドの宿のみ、24時間空いていますから、皆様にはよくご利用いただいております」

 にこりと微笑む受付の女性に、めぐみは「ぜひ!」とすぐに返事をした。
 街中の宿屋は、安全面を考慮し深夜の出入りをすることが出来ない。しかし、冒険者ギルドの宿屋のみ深夜も営業を行っているのだ。
 助かったと思いながら、めぐみはメデュノアとともに宿泊を決める。



 ◇ ◇ ◇

「ふぅ。どうなることになるかとおもったけど、ちゃんとしたところに泊まれて良かったよ」
『おう。俺様のおかげだな!』
「う……。まぁ、確かにそうだけど」

 ぼふんとベッドに寝転びながら、めぐみとメデュノアはのんびり話をする。
 メデュノアが言うところの慰謝料がなければ、このようなきちんとした宿には泊まれなかったのだから感謝をするしかない。

「ふあぁ……っと」
『なんだ、眠いなら寝るか?』

 大きくあくびをしためぐみを見て、メデュノアはとりあえず寝ろという。が、実際のところはそうもいかない。
 本当は寝たいが、城を逃亡してきたのだ。今後のことを話しておかなければかなりまずい状況になってしまうだろう。
 今後はどうしようかとメデュノアに話を振れば、『ふむ』と言いながら方針を立てる。

『とりあえず、ここにいたらまずいな。明日の朝になったら、お前がいないってことに気付かれる。そうしたら、騎士たちが捜しにくるぞ』
「それは……嫌だね」

 メデュノアが言ったことには、めぐみも多いに賛同出来る。希少な回復魔法をつかえる上に、王子がじきじきに召喚した聖女なのだ。
 しかし幸いなことに、めぐみは昨日泣きながら部屋にはいった。さらに侍女のリリナには、朝食はいらないから寝かせて欲しいと伝えてある。なので、いつもより起こしにくる時間は遅いだろう。
 それを考えると、明日の午前中いっぱいはめぐみに猶予があるのではないかと考えられる。つまり、騎士が捜索を始めるのは午後から。というのが、めぐみとメデュノアの考えだ。

 ……街で住み込みバイトなんて考えていたときの脳内が幸せすぎて、めぐみはちょっと涙が出た。これからはしっかりしなければと、自分に言い聞かせる。
 メデュノアがいなければ、すぐに連れ戻されていただろうなと考える。それほどに、日本人であるめぐみは脳内が平和なのだ。

『そこで、これだ』
「んん?」

 メデュノアがバーンッ! と、1枚の紙を取り出してめぐみに見せた。いったい何だろうとその紙を覗き込めば、それはギルドの依頼書だった。
 そこに書かれていたのは、街までの護衛の依頼。冒険者を複数人募集と記載されており、募集の締め切りは明日の早朝まで。
 内容を読み、めぐみは驚きに目を見開く。

「ええっ!? さ、さすがに人様の護衛は無理なんじゃ」

 自分の身を守るのですらひいひいしているのに、護衛をするなんてとんでもない。例えメデュノアが戦うのだとしても、めぐみにはどうしていればいいのかわからない。
 慌てて否定をすれば、メデュノアは『こっちも読め』と下の方にある1文を指差した。それは若干小さめに書かれていて、ぱっと読んだ程度では気付かないほどだった。

「ん? 子供の相手を出来る人が居た場合は、一人優先する……これって」
『護衛対象は、街を移動する商人。その娘みたいだから、お前が話し相手にでもなればいいんじゃないのか?』
「な、なるほど」

 ――戦闘する護衛というよりは、子守り要因なのだろうか。
 たしかにそれくらいならば、めぐみにも出来るかもしれない。女の子同士ならば、会話もはずむだろうと考える。
 それに人形のメデュノアは、とってももふもふで可愛いから採用してもらえる可能性も高そうだ。
 めぐみが大きく頷くと、メデュノアも『俺様のチョイス最高だぜ』と胸張る。

『よし。とりあえずは、これでいいだろう。10日間の旅路になるから、朝一で依頼を受けて準備をするぞ』
「わかった!」
『んじゃ、寝ろ』

 明日からのざっくりしたスケジュールは、なんとか決めることが出来た。
 依頼を無事に受けることが出来たら、急いで準備をする。そして午前中には依頼が始まり、旅へ出るのだ。時間にすると、二時間程度で準備をしなければならないのだ。
 かなりばたばたしそうだが、致し方ない。

 ぼふんと、めぐみに無理矢理布団をかぶせるメデュノア。どきどきしていて眠れるかわからないけれど、確かに依頼を受けるのに寝不足というのはよくない。
 めぐみは大人しく布団にもぐりこみ、メデュノアに微笑む。

「おやすみ、ノア」
『ああ。おやすみ、めぐみ』
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