秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています

幸いにも次のバスは時刻通りにやってきた。ホッとしながらバスのステップに足をかけたその時だった。

「杏奈!」

先ほど通り過ぎたはずのセダン車が路肩に停まり、そこから人が降りてきた。名前を呼ばれ、とっさに顔を上げた私は信じられない光景に目を疑う。

「な、んで」

うまく声にならず、ただその場に固まる。突然目の前に現れた人物に、あらゆる感覚器官のすべてを奪われた。

グレーのストライプスーツに身を包んだ彼は、手足が長く、まるでモデルのよう。胸元までネクタイを締めた正装姿で、こちらに駆け寄ってくる。

いけない、ぼんやりしている場合じゃない。

バスの運転手に「乗りますか?」と声をかけられ、自分が置かれている状況を思い出す。

「の、乗ります、すみません」

「杏奈、待ってくれ!」

強く腕を引かれ、抱き寄せられた。

この腕の温もりと広い胸に抱きしめられる感覚を私は知っている。

胸がヒリヒリ痛くて、張り裂けてしまいそう。

「は、離してください」

私は声にならない声を振り絞る。動揺していることを悟られてはいけない。冷静にならなければ。心を落ち着かせようと必死だった。

「やっと会えたのに、離してたまるか」

< 83 / 122 >

この作品をシェア

pagetop