桜が散ったら、君に99回目のキスを。
「『春の向こう側』と同じだね」


あの小説も、こんな風に指を絡ませて、穏やかに笑って。


恋が実るまでにひとつの季節を越してしまった。


桜の季節はもう終わってしまったけれど、それでも、桜が散ったあとの愛おしさを私たちは誰よりもよく知っていた。


「「春が降る」」


どちらからともなく、唇から物語が溢れ出した。


「「君の嫋やかな肩に積もる。


風の色。


花の香り。


海の煌めき。


鳥の囁き。


生きとし生けるものの命の輝きは君のように美しいのに、全ては色褪せ、終わりというものは呆気ない。


いつだってさよならは僕らの傍にいた。」」


前は紡げなかった、あの小説の続き。


今は、君の隣で。


「「だから、穏やかな春の日に僕は不完全を願う。


桜が散ったら、君に99回目のキスを。


もう誰も君と僕を別つことがないように。


不完全が僕らを永遠に繋ぐことを信じて。」」


ふたり、目が合って小さく微笑む。


相馬くんは私を引き寄せて、ガラス玉に触れるかのようにそっと抱きしめた。
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