猫になんてなれないけれど
(でも・・・冨士原さんは、すごく優しくしてくれた)


私が眠りに入るまで、ずっとそばにいてくれて。

あたたかい手の感触は、まだ、髪の先まで残ってる。

恥ずかしいって感情は早く忘れてしまいたいけれど、嬉しさや、幸せを感じた気持ちは大切にしたいと思う。


(・・・そういえば、冨士原さんは・・・)


タオルケットの様子から、この場から急いで抜け出たような感じがあった。

そうじゃなければ、冨士原さんはきちんと畳んでおきそうだもんね・・・。

リビングかな?と考えて、髪を手ぐしで整えながら、寝室の外に出て行った。

廊下を歩いて進んで行くと、リビングの灯りが見えて、軽くノックしてからそっとドアを開けてみる。


(・・・いた)


Tシャツにデニム姿の冨士原さんが、ダイニングテーブルでパソコンを開いて作業をしていた。

彼のTシャツ姿は初めて見たので、なんだかちょっと新鮮だ。

「・・・おはようございます・・・」

集中しているようだったので、静かに声をかけてみる。

冨士原さんはチラリとこちらを振り向くと、眼鏡を持ち上げてから「ああ」と言った。

「おはようございます」

「おはようございます。・・・すみません、すっかり遅く起きてしまって・・・」

壁掛け時計に目をやると、時計の針は、まもなく11時を指そうとしていた。

お店なら、ランチタイムが始まる頃だ。

「いや、疲れてるから昼過ぎまで寝てるかなと思っていたので。予想より早いくらいです。・・・真木野さんは、休日も早く起きる派ですか」

「・・・いえ。もうちょっと早いくらいで、基本的には遅いです」

「そうですか。よかった。オレもです」

穏やかな笑顔を向けられて、頬の温度が少し上がった。寝起きでも、私の感情反応はなかなか敏感だと思う。

ひと呼吸置いたところで、冨士原さんは、ノートパソコンをパタンと閉じた。

そして、真面目な顔で私の方へ向き直る。

「・・・すみません、部屋に一人にして。起きた時、寂しくなかった?」

真っ直ぐな目で問いかけられて、身体が一気に熱くなる。

大切にしたい記憶とともに、どうしても、恥ずかしい気持ちは一緒になってしまうから。

「・・・はい。こちらこそ、昨日は迷惑かけてしまって・・・もう、大丈夫です」
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