猫になんてなれないけれど
「・・・無理してない?」

「はい。昨日は不安でしたけど・・・おかげさまで、今はだいぶ落ち着いてます」

これは、強がっているわけではなくて。本当に今日は、あたたかな気持ちで目が覚めた。

なによりも、ずっとそばにいてくれた冨士原さんのおかげだと思う。

「・・・そっか。それならよかった」

私の気持ちが伝わったのか、冨士原さんは、ほっとした顔で頷いた。

そして、立ち上がって私の元へと歩み寄る。

「仕事の電話があったので、部屋を移動したんです。昨日の今日だし、真木野さんを一人にするのは少し心配だったんだけど」

見上げると、いつもと違う空気を纏った冨士原さんと目が合った。

何もつけていない髪に、白いラフなTシャツで。

整ったシャツやスーツ姿はとてもかっこいいけれど、素の姿でいる彼は、なんともいえない色気があった。

ドキリ、と胸の音が鳴る。

このまま見つめ合うのは私の心臓が耐えられない予感がしたので、何気なく、目をそらす。

「・・・ありがとうございます。今は、大丈夫です」

私が言うと、彼は「うん」と頷いた。

そして、続けるように言葉を繋ぐ。

「あと、気にしてるようだから言っておくけど・・・昨日、迷惑だって思ったことはひとつもないよ」

さっき私が口にした、会話の中の、言葉の欠片。

もう一度彼を見上げると、そのままぎゅっと抱きしめられた。

頬が、白いTシャツの中に吸い込まれていく。

「あれぐらいで、迷惑かけたと思ってる?」

耳元で問いかけられて、私は小さく頷いた。

ドキドキと聞こえる心音は、私のものか、彼のものかわからなくなる。

「色々あったし、真木野さんが不安になるのは当然だろうと思うから。何も迷惑なんて思ってないし・・・いいよ。もっと甘えて」

低音の声が耳に響いて、背中から、ゾクリとする震えを覚えた。

思わず、しがみつくように彼の背中に腕を回すと、今度はキスが降りてきた。

昨日より、もっと、奥に入っていくような。

渇望が満たされていく感覚がする。心の深い場所にある、渇きが徐々に潤っていく。

息は時折、できないくらいになるけれど。

何度かキスを重ねると、彼は静かに距離を取り、今度は、私の耳元に唇を寄せて言う。

「・・・オレは、甘えさせるとか上手じゃないと思うけど。嫌だっていうわけではなくて・・・できれば、もっと甘えてほしいし」

「・・・」

伝えるようにぎゅっと身体を抱きしめられて、心がすぐに捕らわれた。

彼の言葉に少し異論もあるけれど、今はただ、それこそ甘えることにする。

コクリと私が頷くと、抱きしめられていた腕の力が少し緩んだ。

隙間から、彼を見上げる。

すると、冨士原さんは優しい顔で、私の頭にポンと大きな手を乗せた。
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