雪女は溶ける?正体も解ける?
 東京に雪が積もった。興梠(こおろぎ)修一郎は会社を出ると
「雪ちゃんだ。」
と言いながら空を見上げた。まだわずかに雪がチラついている。
「 ゆきちゃんって誰。」
 修一郎に続いて会社から出た藤川弥生はムッとした表情で軽く修一郎の尻に蹴りを入れる。その光景を見た吉野由利は〈またやってるなぁ。〉とプッと吹き出した。修一郎は弥生に蹴られた瞬間少しバランスを崩したが無視して歩き続けるので弥生の表情がみるみる険しくなっていった。会社の中では絶対に見せない表情である。 弥生さらには修一郎の背中を(こぶし)で軽く突いたり肩をぶつけたりしている。
 そんな二人を見ながら由利は兄にじゃれついても構ってもらえない妹を妄想していた。 由利は立ち止まった。弥生の表情が分からないぐらいに距離が開くと子猫か子犬のとても可愛らしい仕草に見える。

 修一郎も立ち止まり、
「 吉野さんどうしたの。」
と言うと空を見上げた。修一郎の視線の先にはまだ重い灰色をした雪雲が見える。
「 雪ちゃんじゃなくて雪女が来るかな(いて)っ。」
 修一郎が言い終わらないうちに今度は強めに弥生が蹴った。
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